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私は「話し合っているつもり」で、大切な人を傷つけていました

「話し合っているつもり」で、大切な人を傷つけていました

話し合いって、なんだろう。

そう聞かれたら、あなたは何と答えますか。
私はずっと、「お互いの意見を伝え合うこと」だと思っていました。
でも、それは大きな勘違いでした。


気づかなかった「説明」という名の話し合い

そのことに気づいたのは、ある日の買い物でした。
玄関に置かれた袋を見て、私はふと手を止めました。
中から出てきたのは、思いもよらないもの。
「え、これ買ったの?」
そんな言葉が、思わず口をついて出ました。

私にとっては、正直、必要のないものに見えたからです。

すると相手は、少し戸惑いながらも、
「どうしてこれが必要だったのか」を一生懸命説明してくれました。

でも私は、その理由を理解しようとするより先に、

「でも、こっちの方が良かったんじゃない?」
「それなら必要なかったんじゃない?」

そんなふうに、自分の考えを返すことばかり考えていました。

相手の表情が、少しずつ曇っていくのが分かりました。
説明すればするほど、伝わっている感じがしない。
そんなもどかしさが、部屋の空気を重くしていったのを覚えています。

今思えば、相手が本当に伝えたかったのは、買い物の正しさではありません。

「どうして私はこれを選んだのか」

その気持ちを分かってほしかっただけだったんです。

私は話し合っているつもりでした。

でも実際は、お互いに説明をしていただけで、相手の気持ちを受け止めようとしていませんでした。


話し合いは「探す時間」だった


ある時、ふと気づきました。

話し合いとは、言いたいことを言う時間ではなく、

「相手はどう感じているんだろう」

その答えを、一緒に探していく時間なんだと。

正しさを主張し合う場ではなく、お互いの感じ方や価値観の違いを、否定せずに眺めてみる時間。

それに気づいてから、私の中で「話し合い」の意味は大きく変わりました。


正しさより、安心感を


だから今は、正しさよりも安心感を大切にしています。

「これを言ったら否定されるかもしれない」

そう思っている限り、人は本音を話せません。

安心して話せる関係があるからこそ、本音も、違う価値観も受け止め合える。

正しさで勝つよりも、安心して話せる関係を育てることの方が、ずっと大切だと今は思っています。


「何を話すか」より「どんな空気で話すか」


もし今、大切な人との話し合いがうまくいかないと感じているなら、

「何を話すか」よりも、

「どんな空気で話しているか」

を少しだけ意識してみてください。

もしかすると、変えるべきだったのは言葉ではなく、話し合いの空気なのかもしれません。

私もまだ、完璧にできているわけではありません。

相手の話を最後まで受け止められず、自分の考えを急いで伝えたくなることもあります。

それでも、あの日の失敗を思い出すたびに、

「この人には話しても大丈夫」

そう思ってもらえる人でありたいと考えるようになりました。

だから今日も私は、正しさより安心感を大切にしながら、対話を学び続けています。

配慮は、才能ではない。今日から磨ける技術である。



私はこれからも、このマガジン「配慮を言語化する」や「配慮の本棚」を通して、仕事やパートナーシップ、人間関係に活かせる配慮の技術を発信していきます。

誰かを動かすためではなく、誰かと信頼を築くために。


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