まだだ!まだ語るべきじゃない!
筐ニンゲンです。
「落ち着いて聞いてくださいミーム」をやりたくて…すいません、つい
仕切り直しまして、今回触れる作品は「METAL GEAR SOLID V」になります。
ストーリー、当時の監督への対応、完成度など多方面で物議を醸す本作は正にMGSシリーズにおいて最も厄介な作品です…。
これをどう扱うかは本当に慎重にならなければなりません。
第1章:なぜMGSVは語りにくいのか
前回は「Δがシリーズ化したら次はPW(+OPS)がいいな」というお話をしました。
そして、冒頭でも触れましたが、今回の主軸は「METAL GEAR SOLID V」です。
早速ですが、僕はこう考えています。
たとえ時系列的に“次”だとしても、「METAL GEAR SOLID V」をΔシリーズ3作目のタイトルに据えるのは時期尚早です。
その理由は、単なるゲームの完成度やシナリオ構成だけにとどまりません。
作品の複雑な背景と、それを取り巻く“受け手側”の感情が、まだ整理されていないと感じています。
触れるには少し早すぎる──そんな空気が、今も確かに残っているのではないでしょうか。
第2章:構造の歪みと、遊びの余白
MGSVは、オープンワールド×潜入 = "自由潜入"という大きな挑戦を行った作品です。
自由な進入ルート、カスタマイズ可能な装備、時間帯や天候の変化──どれもゲームプレイの幅を広げていて、潜入アクションとして新たな可能性を感じさせてくれました。
序章:GROUND ZEROESは、Ω基地という単一ステージながら複数のミッションを楽しむことができました。
絶妙な敵配置による適度な緊張感、直感的な操作感もあって、次世代機による新たなメタルギアを想像させるには十分な完成度だったと思います。
しかし、本編:THE PHANTOM PAINでは、その完成された部分がうまく活かされていたとは言いにくいです。
たしかに快適な操作性や広いマップでの散策、便利なフルトン回収や補給システムなど、“遊び”として楽しい部分はたくさんありました。

ただ、肝心の“潜入”に関してはやや物足りなさが残りました。
敵の視野や警戒システムの緩さ、拠点の単調さ、そして水増し感のあるミッション構成。
とくに第2章以降の「高難度版ミッション」や「目新しさに欠ける目標設定」は、一プレイヤーとしても作り込みの粗さを感じてしまいました。
そもそもMGSVは、GZとTPPが本来は一体の体験として設計されていたそうです。
11年も前とは😅
— 小島秀夫 (@Kojima_Hideo) March 20, 2025
もともとFOXエンジンとオープンワールド潜入というゲーム性を実証ために企画したもの。PWとMGSV TPPを繋ぐエピソードとして、両方の世代(据え置き機と携帯機)に向けてのブリッジになるように考えた。MGSV… pic.twitter.com/X5xY6bX5Cg
GZだけを先にリリースすることになったのは開発の遅れが原因で、それが“完成された序章”と“未完成の本編”というアンバランスを生む結果につながってしまいました。
ストーリーについても、幻の第3章『蠅の王国』関連の伏線を張ったカットシーンはそのまま残ってしまっていたりして、物語全体の構造が途中で折れてしまった印象が強く残っています。

2013年のインタビューでは「開発は順調」と語られていました。
つまり、2014年〜2015年の間に社内で大きな問題(俗にいうコナミ騒動)が発生したことは、想像に難くありません。
補足しますが、そうした“未完成感”の責任を、当時の開発陣に問うつもりはありません。
むしろ限られた状況の中で、最大限“遊び”を作ろうと努力した跡がいろんな部分に見えていたので、本当に感謝しております。
METAL GEAR SOLID V:THE PHANTOM PAINは"未完"だ。
ネット上で散見される意見です。
正直、僕も"未完"だとは思っています──ですが、僕の場合は大半が言う"未完結"ではなく"未完成"と言う意味です。
エンディングは絶対にMG1の終盤に急に飛んで、BIGBOSSからのメッセージを聞くあの形だったと思っています。
“足りなかった”のは、その終着点に至るまでの丁寧な積み重ねです。
もっと遊びたかった、という気持ちは正直にあります。
もう少し先まで、あの自由さと操作感と“潜入体験”を続けたかった。
ストーリーの中で、ヴェノムの心情がもっと見えていたら…と思うことは今でもあります。
エンディングは確かに完結していたけれど、遊びとしての“最後の一歩”が足りなかった。
それが、今でも印象に残っている理由なのかもしれません。
第3章:“問い”をどこに置くか
単純に時系列で並べればMGS3 → PW(+OPS) → MGSVと続く。
けれど、僕にはどうしても「その順番で語っていいものじゃない」と思えるんです。
それは、この作品が「結論」を提示するタイプの物語ではなく、「問いかけ」で終わっている作品だからです。
なぜそう思うのか──“時代は変わった”からです。
現代の物語は、かつてのように伏線を張って終盤で一気に回収するような構造よりも、冒頭から結末やテーマを開示し、その過程を楽しむタイプへと変化しています。
最近のSNSやYouTubeを見ていて、それをひしひしと感じていました。
せっかく語れる場を作ったので調べてみると、やはりZ世代はネタバレに肯定的な傾向があるようで、「最初に答えを提示しておく構成」の方が親和性が高いらしいです。
でも、それは“答えがきちんと描かれている作品”に限った話です。
MGSVは違います。
ヴェノム・スネークという主人公は、徹底して“描かれなかった”キャラクターなんです。

彼の心情は語られず、演出の多くはプレイヤーの解釈に委ねられたまま。
MGSVは、答えを出したのではなく、プレイヤーに問いを投げかけたまま終わっている──
僕にはそう思えてなりません。
もちろん、こういう意見もあるでしょう。
「結論から入る構成が今の時代に合ってるなら、むしろMGSVを先に置く方が自然じゃないの?」
でも、MGSVは「結論を提示する物語」にまで達していない。
答えを明かす準備すら終わっていない段階で、幕を降ろした。
だからこそ、順番としては「MG1とMG2の間」に据えるのがふさわしいと思っています。
MGSVは、物語の芯ではなく、過去の“空白を埋めるための問い”として挟み込むべき作品です。
MG1(リメイク)で語られなかったヴェノムの存在をMGSV(リメイク)で補完し、その上でMG2(リメイク)に繋げる──
そうした流れの中で、MGSVはようやく“答え”として意味を持ちはじめるのだと思います。
"小島秀夫"という“絶対的な存在”がいなくなった今、メタルギアを新たな世代に遺していくには、そうした“時代の変化”に寄り添った構成が必要になるはずです。
そのうえでも、MGSVの扱いは今なお慎重に考える必要があると、僕は思っています。
今はまだ、語るべき時ではない。
「問い」のままで残しておくことこそ、MGSVへの誠実な向き合い方だと僕は思います。
終章:語らない、という選択
MGSVは、挑戦に満ち溢れながらも、"未完成"で終わってしまった作品でした。
革新的だった自由潜入というゲーム体験も、それを支えるレベルデザインの調整不足によって、物語の積み重ねや手応えの深さが薄まってしまった。
僕は、今この作品をシリーズの“3作目”として語るのは早すぎると考えています。
なぜならMGSVは、結末ではなく「問い」としてプレイヤーの前に差し出された作品だからです。
"小島秀夫"という絶対的な存在がいなくなった今、メタルギアを未来に受け継ぐには、時代に即した構成の再設計が不可欠です。
そのとき、MGSVをどこにどう据えるかは、きっと避けて通れない問題になるでしょう。
でも、僕は早々には語らないことを選びます。
この作品が投げかけた問いが、僕たちの中にまだ残っているなら、今はそれで十分です。
ヴェノムという存在は、描かれることを拒み続けた。
その沈黙のまま、僕たちに“どう受け取るか”を委ねて終わった。
だからこそ、MGSVは今もなお、プレイヤーそれぞれに問いを投げかけ続けている。
──いつか“その時”が来たら。
僕たちのような古い世代を救い、新しい世代に“答え”を提示する、そんな作品がきっと生まれるはずです。
その日まで、MGSVという物語は、問いのままでいてくれていいと、僕は思います。

