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「ひとつだけ、聞いていい?」——先回りしないための小さな練習



犯人を追い詰めるのに、たくさんの言葉はいらない。

久しぶりに昔よく見たドラマ『古畑任三郎』を見て、そう思いました。

精神科の看護師として四十年。
「伝え方の練習」を二十年以上続けてきたわたしが、
家ではまるでできていなかった話です。


※ドラマそのものの感想は、こちらに書きました。


🍀𓂃𓈒𓏸 ❀ 𓈒𓏸🍀

「そうじゃなくて」

つい、そう言ってしまったことはありませんか。

主人の話が、まだ途中なのに。
子供が言葉を探している、そのわずかな間に。

わたしは、あります。
何度も。

相手のためを思って、先に答えを置いてしまう。
そのほうが早いから。
遠回りさせたくないから。

でも、話し終える前に答えをもらった人は、そのときどんな顔をしていたでしょう。

たぶん、少し黙ります。
そして「うん、そうだね」と言って、
別の話を始める。

あのとき本当は、何を言おうとしていたのか。
わたしは、今も知りません。

🍀𓂃𓈒𓏸 ❀ 𓈒𓏸🍀

当てにいった、あの日


いちばん覚えているのは、子どもが高校生のころ。

夕方、帰ってきた顔がいつもと違いました。
何かあったな、とすぐわかる。

「どうしたん、部活で何かあった?」

その子は、口を開きかけて、やめました。

「べつに」

そのあと部屋へ行ってしまって、
その日はもう、話しませんでした。

わたしは当てにいったんです。
外れていたわけでもないと思う。
でも、当てにいった時点で、もう遅かった。

あの子が話そうとしていたのは、
わたしが用意した答えの中には、なかったのだと思います。

🍀𓂃𓈒𓏸 ❀ 𓈒𓏸🍀

古畑任三郎は、待っていた

入院中。
することもなく、時間だけがあって。
なんとなく開いたNetflixの配信の中に、『古畑任三郎』がありました。


あら、懐かしい。


犯人は最初からわかっている。

それでも面白いのは、古畑が追いつめる場面が、少しも責める形をしていないからでした。

なんなら、本題から逸れた話をしたりして。

犯人を追い詰めるのに、
たくさんの言葉はいらないんだな。

そう思いました。

古畑は、こう言います。 

「ひとつだけ、よろしいですか」


たったひとつ。
そして、そのあと黙る。

相手が話し出すまで、待っている。

わたしは、画面の前で少し笑いました。

犯人を追い詰める形とはまた違うけれど、人や家族と接するときのお話です。

仕事では、できているのに。
家では、まるでできていない。

🍀𓂃𓈒𓏸 ❀ 𓈒𓏸🍀

「伝え方の練習」を二十年


わたしは看護師です。
精神科で、四十年ほど働いてきました。

その中で、ずっと続けてきたことがあります。

SST——わたしは「伝え方の練習」と呼んでいます。

むずかしいものではありません。

人とつながっていくための、小さな練習。

言いたいことが相手に届くように、
言い方を少しずつ試してみる。
それだけの時間です。

この練習には、決まりごとがあります。

ひとつ。相手が話し終わるまで、待つこと。
ふたつ。できていたところを、先に言うこと。
みっつ。直すところは、ひとつだけにすること。

二十年以上、この三つを守ってきました。

患者さんの前では、いくらでも待てるんです。

沈黙が続いても、平気でした。
その人が言葉を探しているのが、わかるから。

なのに、家では待てない。

不思議でした。
同じ人間なのに。

しばらく考えて、思い当たりました。

患者さんのことは「あの人の人生」と思えている。
でも我が子は、「わたしの責任」になってしまう。

責任だと思うから、正解を渡したくなる。
遠回りさせたくない、と思ってしまう。

先回りは、愛情の形をしていました。

だからずっと、直せなかったのだと思います。

🍀𓂃𓈒𓏸 ❀ 𓈒𓏸🍀

自分の口を止める、ひとつの言葉


では、どうすればいいのか。

わたしがたどりついたのは、たったひとつの言葉です。

「ひとつだけ、聞いていい?」


古畑の借りものの言葉です。
でも、これがよく効きます。

理由は三つあります。

ひとつ。「ひとつだけ」と言った時点で、こちらは質問をひとつしか用意できません。
先回りしたくても、できなくなる。

ふたつ。聞かれた側は、身構えません。ひとつなら答えられる、と思えるからです。

みっつ。聞いたあと、こちらは黙るしかありません。
質問はもう使ってしまったので。

そう、これは相手のための言葉ではないんです。

自分の口を止めるための言葉です。

🍀𓂃𓈒𓏸 ❀ 𓈒𓏸🍀

使うときのコツを、三つだけ


当てにいかない

「部活で何かあった?」ではなく「何かあった?」

中身を用意しない方が、相手は自由に話せます。

答えを待つ間、何かしている

お茶をいれる、洗い物をする。

向き合って待たれると、相手は苦しくなります。

返事が「べつに」でも、それでいい

その日は終わりです。

でも「ひとつだけ聞いてくれる人」だと覚えてもらえます。
次は、少し話してくれます。

🍀𓂃𓈒𓏸 ❀ 𓈒𓏸🍀

明日、ひとつだけ


誰でもかまいません。
お子さんでも、ご主人でも、職場の若い人でも。

その人が何か言いかけたとき、
先に答えを置くのを、一度だけやめてみる。

そして、こう言ってみてください。

「ひとつだけ、聞いていい?」

そのあとは、お茶をいれながら待つ。

それだけです。

🍀𓂃𓈒𓏸 ❀ 𓈒𓏸🍀

うまくいかなくても、大丈夫です。

わたしは二十年以上この練習を続けているのに、
今では家では先回りします。

だから今は、道具を使っています。

子どもたちとは、LINE。

文字にすると、言い過ぎずにすむんです。
書いては消して、ひとつだけ残す。

上の二人には、電話がいいと言われました。
男子です。

かけると「なに?」と返ってきます。

用件を、まとめて言え。
そういうことなんだと思います。

なんだ、同じことでした。
伝えたいことを、ひとつに絞る。

言いかけて、飲み込んだ一回。
LINEで、消した一行。

それが練習です。

できた日を数えなくていい。
気づけた日だけ、数えてください。


古畑は、犯人を追いつめるために待ちました。

わたしたちは、その反対でいい。

相手が自分で気づくまで、
となりで待っていられたら、それで十分です。

🍀𓂃𓈒𓏸 ❀ 𓈒𓏸🍀

お読みいただきありがとうございました💐
ただいま、入院中のためコメント欄を閉じています。

退院後は、コメント欄を開けさせていただきますので、またよろしくお願いします🙇‍♀️


おその|シニアの保健室

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