僕は子供の頃から、世帯数が減る日本を心配していた。
ずっと考えていた。
出生率が2.0を下回ると2つの世帯、3つの世帯から1つの世帯しか生まれない。
少子化。
人口減少。
将来不安。
ニュースでは毎日のように聞く言葉だ。
日本は大変になる。
未来はどうなるんだろ?
そう言われ続けている。
もちろん、問題がないと言いたいわけじゃない。
でも僕は、子供の頃からずっと不思議だった。
「世帯数が減ったら、どうなるんだろう?」
そこで思った。
世帯数が増えれば、家は足りなくなる。
世帯数が減れば、家は余る。
とても単純な話だ。
でも、大人たちは「人口が減る」ということは話しても、その先に何が起きるかはあまり話さない気がした。
もし世帯数が減り続けたら。
空き家は増える。
土地は余る。
人は少しずつ便利な場所へ集まる。
そして僕は思う。
未来は「全部が安くなる時代」じゃない。
たぶん、「差が大きくなる時代」だ。
例えば、郊外の土地。
広い。
安い。
同じ金額なら、都市部よりずっと立派な家が買える。
数字だけ見ると、とても魅力的だ。
でも本当に安いのだろうか。
駅までクルマ。
通勤もクルマ。
買い物もクルマ。
病院もクルマ。
子供の送り迎えもクルマ。
ガソリン代。
保険代。
車検代。
維持費。
家族が増えれば二台必要になるかもしれない。
そして、一番見落としやすいものがある。
時間だ。
毎日往復一時間。
一年で考えたら、とんでもない時間になる。
土地の値段だけ見れば安い。
でも人生全体のコストで考えたら、実は高いのかもしれない。
僕らは、目の前の価格は見える。
でも未来に払い続けるお金や時間は見えにくい。
そして、ここからが面白い。
裕福になる人は、お金を見ているようで、実は違うものを見ている気がする。
変化だ。
人はどこへ集まるのか。
何を便利だと思うのか。
何にお金を使うのか。
何に時間を使うのか。
未来の小さな変化を、人より少し早く見つける。
それが、これからの時代の価値になるのかもしれない。
人口減少という言葉を聞くと、多くの人は暗い未来を想像する。
でも僕には、終わりには見えない。
古いルールが終わって、新しいルールが始まる話に見える。
そして、そのヒントは案外ニュースの中ではなく、自分が昔から感じていた小さな違和感の中にあるのかもしれない。
