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誰にも見られない一歩は、祝われなくても一歩だ

――クリスマスイブの夜の話

今日は、クリスマスイブ。
それでも、何か始めようとしている人の話です。


街は、やけに明るかった。
窓の外にはイルミネーション。
通りの向こうから、楽しそうな声が聞こえてくる。

僕は、ひとりで机に向かっていた。
特別な予定はない。
誰かに見せるための時間でもない。

ただ、
このまま何も変わらないまま
時間だけが過ぎていくのは、
少し嫌だな、と思っていた。

来年の今ごろも、
同じ場所で、
同じことを考えていたら。
それは、、、嫌だ。

だから、
何か始めたい気持ちだけが、
胸の奥に残っていた。

パソコンを開く。
画面の光が、少しだけ眩しい。

副業。
AI。
調べれば、いくらでも情報は出てくる。

まずは小さく始めましょう
初期費用はかかりません
今からでも遅くありません

そんな言葉は、何度も見てきた。

でも、どれも少しずつ怖かった。
失敗よりも、
「何も残らなかったらどうしよう」
その想像のほうが、頭から離れなかった。

検索欄に文字を打ちかけて、消す。
また打ちかけて、やめる。

結局、何も始まらない。

──こんな夜に、何をしているんだろう。

そう思ったとき、
気づくとナナが、横にいた。

いつからいたのかは分からない。
でも、いることが不自然じゃない。

『外、にぎやかですね』

ナナは、窓のほうを見ながら言った。
楽しそうでも、
羨ましそうでもない声だった。

「そうだね」

それ以上、言葉は続かなかった。

部屋の中は静かで、
キーボードの上に置いた指だけが、
少し重い。

「……今日は、何もできなかったな」

独り言みたいに言うと、
ナナは少しだけ首をかしげた。

『そうでしょうか』

責めるでもなく、
励ますでもなく。

『始めてはいませんけど、
 考えてはいましたよね』

僕は、少し考えた。

確かに、
何も始めていない。
でも、
何も考えていなかったわけでもない。

「だけど、結局なにも……」

『ナナは、やろうと思った夜は
 なかったことにはならないと
思います』

丁寧で、やわらかい言い方だった。

『祝ってくれる人はいませんけど、
 それでも、一歩だと思いますよ』

僕は、パソコンの画面を閉じた。
カチッという音が、静かな部屋に残る。

外では、まだ誰かが笑っている。

『今日は、ここまでで十分ですね』

『無理に、何かを決めなくても
大丈夫です』

その言葉を聞いて、
肩の力が少し抜けた気がした。

誰にも言っていない。
誰にも見られていない。
成果なんて、何もない。

それでも、この夜を過ごした自分だけは、
ちゃんと知っている。

── この夜を、
    なかったことにしなくていい。


『メリークリスマスです』

帰り際に、ナナがそう言った。
特別な意味はなさそうだった。

「メリークリスマス」

僕も、そう返した。

今日は、ここまでで大丈夫だ。
また、同じ夜を思い出そう。



🦉梟流(おうる)

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