「もうライターを目指すことはない」と悟った、新宿の初夏の夜
失意とあきらめとすがすがしさを抱えながら歩いていた。
新宿から数駅離れた、私鉄沿いの道。
今から四半世紀前の、蒸し暑い夜のこと。
7月の初旬ごろだっただろうか。
私は東京で「何者でもない人」になっていた。
都内の大学を卒業したものの、就職活動をしていなかった。
ひとつの職場の中に入って、うまく人間関係と業務をこなす自信がなかった。
4年生の時に、地方の文学賞に短編小説を応募したら、最終選考にまで残った。でも、最優秀賞にも佳作にも選ばれなかった。なのに「これで書くことで生きていく自信をもらった!」と増長していた。
だから、卒業後に選んだのはライターになるためのセミナーに通い、「書いてお金をもらう」を目指すことだった。
講義は半年間に渡って、ほぼ隔週で行われるスケジュールだったと思う。
親に懇願して入学金と受講料を払ってもらい、当時に住んでいた横浜から新宿まで、毎回、片道2時間くらい電車に揺られて通っていた。
だけど、ライターの世界は厳しかった。
ひとつの雑誌で執筆しているライターならば、例えば自分があまり賛同できない意見に対しても、その雑誌が賛同という方針を取っているなら、自分名義で「賛同」という記事を書かなければならない。
それは自分にとって「苦痛」としか思えなかった。だって、自分の本心と真逆のことを、自分の名義で書かなければならないのだから。
はっきり言って、そのセミナーで私は確実に劣等生だったと思う。
各界の一流の先生方が毎回、生徒たちの文章を丁寧に添削してくれていた。だけど私の提出する文章は、半ば舐めてるような、投げやりな文章ばっかりだった。そういえば添削で厳しい言葉をもらったこともあった。
正直なところ、私は通いながらもやる気をなくしていた。
でも「親に受講料を払ってもらったし、書くこと以外の仕事なんて自分にできるわけないだろうし」なんて、半ば惰性で毎回、課題の文章を提出し、授業に出席していた。
今振り返れば、方々に失礼だったと思う。
でも、その惰性をやっと「恥ずかしい」と思う時が来た。
セミナーの中で、いつものような座学ではなく、インタビューを聴く形での回があった。
インタビュアーはセミナーの事務担当の方(たしか)、そしてインタビューを受けるのは、当時20代半ばでありながら実績を積み上げている女性のライターさんだった。
具体的な内容はよく覚えていない。ただ、そのライターさんは始終とても楽しそうに「ライターの仕事は楽しい!」って感じでお話をされていた。
後列で聴いていた私は、どんどん羞恥心にさいなまれていった。
私はライターに求められることを到底、受け容れられない。でも、彼女はライターとしてのお仕事を楽しんでいる。
全身から「書くことが好き!」のパワーをキラキラと発する彼女。
もう、このセミナーは私のいる場所じゃない。
やっと気づいた。
その講義、とりあえず最後まで聞いた気はする。
でも、そのあとはそそくさと教室を出ていった。振り向きもしなかったと思う。
Tシャツが汗と湿気でねっとりと肌に張り付く中、私鉄の沿線をとぼとぼ歩き「もうこの街に来ることはない」と思った。
そのセミナーからフェードアウトして以来。
派遣社員やアルバイトでしばらく食いつないでいたものの、自活は難しくなり、地元に帰ってきた。
その後も紆余曲折あったが、今も文章を書き続けている。
そして、未だに「自分には書くことしかない」と考えている。
でも、今までどれだけ本気になっただろうか?
「この文章で世に出てやる」と気合を込めて、小説やエッセイを書いてきただろうか?
ひょっとして、当時も今も「文章を書くこと」を舐めてるんじゃないだろうか?
ただ「書いていればそのうち何者かになれるよね」なんて、甘い気持ちが心のあちこちに巣くってるんじゃないの?
いや、もしかしたら。
これまでの私は「書くこと」以前のことをおろそかにしていただけかもしれない。
人が怖い、世間が怖い、決断が怖い。
自分をひたすらに卑下して、未来のために自分ができることなんて、探そうともしなかった。
何かトラブルがあるごとに「やっぱり私はダメなんだ」と諦める材料をひとつひとつ箱に入れて、「世間の片隅で息をひそめて生きるしかない」と言い聞かせてきたけれど。
もっと自分を褒めても良くない?
「自分すごいよ」って声をかけてあげても良くない?
あなたは、もうずっと長いこと、頑張ってきてるんだよ。
確かに、間違ったこと、失敗したこともあったかもしれない。
でも、それは全部、当時のあなたが「これがベスト」と信じて選んだこと。今やこれからの私がフォローしていけばいい。
あなたはよくやってきているんだよ。
だから、決して自分を卑下しないで。
ずっと書いてきた自分を、うんとうんと褒めて。
これからの私が、あなたの夢を叶えるからね。
花邑灯火さん主催「第3回 灯火杯 in2025」への参加作品です。
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