しばしの間、ツイッターから距離を置くことにしました
ツイッターで繋がり続けてくださった皆さんへのご報告です。
10年前の2月頃に何となくツイッターのアカを作ってから、のめりこんだり、時には月単位で放置したりしながら続けてきたツイッターから、しばらく距離を置くことにしました。
理由は「しんどくなったから」です。
私は、ツイッターの即興性に依存していました。
自分のツイートにリプをくだされば、嬉しくてこちらからも更にリプを返し、それが他の人からのリプや「いいね」も頂くきっかけとなり、どんどん人の輪が広がって……というバーチャル上の繋がりが楽しかったんです。それは本当です。
ですが、更なる苦しみを生む原因ともなりました。
「リプを頂いたからには、また自分が更なるリプをしなければならない」という強迫観念が、知らないうちに芽生えていました。
それゆえに、相手の方がくださったリプの内容を深く理解しようともせずに「お返ししなきゃ!」と的外れなリプを返し、憤らせたり、がっかりさせたり、釈然としない気分を与えてしまうこともしばしばだったんじゃないかと思います。
また、私がツイートでとあるアカウントの記事を宣伝したり、褒めたりしたら、そのアカウントからも「いいね」が来ることを心のどこかで待ち続け、いつまでたっても反応がなかったら、「いいね」くらいしろや!と舌打ちすることも正直、なくはなかったです。
要するに、何もかも、見返りありきで考えていました。
この文章も、そうかもしれないです。
でも、今までツイッター上で繋がり続けてくださった方々に対し、お礼と謝罪の意を込めて、お伝えしたいと思ったのです。
別にアカを削除したり、鍵をかけたりするつもりはないです。
ですが、タイムラインを頻繁にチェックすることは避けようと思いますし(というか今この時点であまり追えてないですし)、例え直接のリプやDMを頂いたとしても、反応は鈍くなると思います。
大変心苦しいのですが、私の反応に期待しないでほしいのです。
というか、勝手に私が「期待されている」と思い込んでいるだけかもしれないですが。
昨夜遅く、岸田奈美さんがご自分のnote有料記事でキナリ杯をはじめた理由についてアップされていました。
一瞬、500円という金額にひるんだものの、キナリ杯に参加させてもらったお礼の意も込めて課金し、原稿用紙に換算すれば約12枚に及ぶ岸田さんの熱い想いを拝読しました。
そして、今まで「書くこと」に対してうっすらと持っていた自信を、粉々に砕かれたような気持ちになりました。
私は、文章を書くのが得意です。というか、これしかないとすら思っています。
学生時代から「文章でご飯を食べるようになりたい」という夢があり、小説執筆の添削指導を受けていたこともあります。とある全国公募の新人賞の最終選考に残ったこともあります。
でも、そんなこと、何の役にも立たないんだと気づかされました。
私はずっと「誰かの役に立つ文章を書きたい」と思ってきました。
傷ついた人の心を癒したり、温めたり、元気が出たりする文章を書きたい。
一生懸命に心を込めて文章を書き続ければ、その夢は叶うんじゃないか。
そして多くの人に求められ、いつかはご飯を食べられるようになるんじゃないか。
そのために、努力してきたつもりです。
でも、私の考えは根っこから間違っていました。
私はまず自分の傷ついた心を癒し、温め、元気が出るような文章を、自分一人のために書いていくべきだったんです。
「ねーねー! 私のこと分かって! 理解して!」
「『かわいそうだったね、よく頑張ったね』って言ってー!」
人様に読んでいただく文章を、心の奥底でこのように願いながら書いてきたことに気づきました。
この文章だって、同じかもしれないです。
特にツイッターだと、どうしても他者の目が気になってしまい、「私を見て!私に反応して!」という欲望が増してしまったんだと思います(あくまでも私の場合です)。
そりゃ、苦しくなるわな。
でも今後、noteで記事を書いていくことは続けるつもりですし、その更新のお知らせも、ツイッターでする予定です。
褒められたら調子に乗って更に見返りを求める性格は、一生治らないかもしれないです。
でも、せめてSNSの中だけでも、穏やかにあまり見返りを求めずに続けられそうなお付き合いの仕方を、しばらく試すことにしました。
そのほうが楽だと思ったからです。
しばらく、自分のためだけに生きてみます。
読んでくださった皆さん、どうもありがとう。
いいなと思ったら応援しよう!
チップありがとうだぜ!お菓子を買って食べて紹介するぜ!ZINEの制作費にするぜ!そしてZINE即売イベントの出店料や交通費に充てるぜ!