あざとい謎【短編小説】
あざといやり方だったかなぁ、って反省している。
朝の改札口。
いつも一緒の電車、一緒の車両に乗っている彼。
私が乗り込む時は、いつも同じ席に座っている。
ずっと気になっていた。
座って、本を読んでいる。
文庫本だったり、新書だったり。
バッグに入れやすい本を選んでるんだろうな、って思ってた。
他の乗客は、だいたいスマホをしかめっ面で見ている人ばっかり。
でも彼は、穏やかな表情で、本のページに目を落としていて。
何を読んでいるんだろう。
普段は、どんなところでどんなお仕事をしているんだろう。
少し離れた、乗車口に近い場所から手すりを掴み、私は彼を観察していた。
そんな自分をちょっと気持ち悪いと思いながら。
「あの、落としましたよ」
腰を軽く叩かれ、振り向くとそこには、若い女性の笑顔があった。
手には、パスケース。
あ、僕のだ。
チノパンのポケットに入れたはずなのに、知らずに落としていたのか。
「ありがとうございます」
パスケースを受け取った。
もっと丁寧にお礼を伝えたかったが、改札口はすぐそこ。
同じ列車から降りたであろう人たちが、次々に両脇を通り過ぎていく。
いつまでも立ち止まっているのは迷惑だ。
すぐに向き直り、そそくさと改札口を出た。
でも、ふと彼女のことが気になり、出てきたばかりの改札口の方を見た。
彼女と思しき人の、姿は見当たらなかった。
いつも同じ車両に乗って、乗車口近くの手すりにつかまって、うつむきがちにスマートフォンをずっと見ている。
僕はいつも同じ席に座り、彼女が乗り込む駅が来るのを待ちながら読書をしていた。
パスケースを拾ってくれたのは、間違いなく、あの彼女だ。
でも、乗車口近くの彼女は、僕より先に電車から降りる。
ならば、余程のことがない限り、先に改札を出ていると思うんだけど。
なんで僕のパスケースを拾ってくれたんだろう。
トイレに行ってたのかな?いや、そんなに時間は経ってないだろうし。
電車を降りるとき、改札のある地上へのエスカレーターに向かう人の流れから、あえて離れる。
ホームの太い柱の陰に隠れ、彼が降りるのを確認する。
その彼の後ろ姿を追いながら、私もエスカレーターに乗る。
そして改札口を出ていくのを、いつも見ていた。
オフィス街の方へ向かって行くんだな。
私は駅ビルの中で働いているんだけど。
いつか、お客さんとして来てくれないかな。
でも女性客が中心の雑貨店だから、もし来るとしても、恋人と一緒だったら悲しいな。
パスケースを受け取ってくれた時、左手の薬指にリングが無いのは確認した。
でも、だからって独身とも限らないし。
あぁ、気まずいな。
明日からは、同じ車両に乗るのが恥ずかしい。
彼女にお礼を伝えたい。
次の日の朝、僕は電車に乗る前からそわそわしていた。
また同じ席に座って、今度は本を読む気になれず、ただひたすら彼女が乗り込む駅を待っていた。
彼女が乗り込む駅に着いた。
乗車口の扉が開いた。あれ?彼女は?
乗り込んでくる人の中に、彼女の姿はなかった。
そわそわしていた気持ちは、不安へと変わった。
どうして彼女が乗り込んでこないんだろう。
病気?いや、たまたま?
いつもと違う車両に乗ると、景色も若干、違って見える。
見慣れない乗客、見慣れないポスター。
最後尾の車両って、ほんのちょっとだけ空いていて、雰囲気ものんびりしているように見える。
たまたま座れた席から、彼のことを考える。
いつもの車両のいつもの席に、座っているのだろうか。
文庫本か新書を読んでいるんだろうか。
もう私のことなんて、覚えてもいないだろうか。
電車は終点にたどり着く。
私も彼も降りる駅。
車内からどっと人が出ていく。それを見届けて、私も降りる。
もう彼に会うことはないのかもしれない。
最後尾の車両って案外、快適だ。
正直なところ、通勤時の電車では座れるほうがありがたい。
彼に会えなくても、別のアドバンテージがあれば、まぁいいか。
エスカレーターに乗りこむ人たちの背中を目指し、ひたすら歩く。
でも、エスカレーターまで遠いのって、しんどいなぁ。
昨日までは隠れていた柱の横を通る。
もう、彼を待つこともないんだな。
なんて考えながら歩いていたら。
「あ、あ、あの!」
脇から声をかけられた。
ふと見ると、え?
「昨日、パスケース拾ってくれた方ですよね?」
僕は気づいた。
いつも彼女は電車を降りてから、僕を待っていたんだ。
待つならもしかして、この柱に隠れていたのかな。
なんて思いながら電車を降りて、同じことをしてみた。
そしたら、歩いてくる彼女を見つけた。
慌てて駆け寄って、話しかけた。
彼女の驚いた表情。
やばい。空気が読めてないことをしてしまっただろうか。
彼女は何も答えない。時間が止まったような顔をしている。
あぁ、何とかしなきゃ。
そう思うと、次の言葉が口を衝いて出た。
「実は、ずっと前からあなたのことが気になってました」
朝からいきなり、なんて告白をしてしまってるんだ。
でも、彼女のこわばった顔は、次第にほどけていく。
「私も、ずっと前からあなたのことが気になってました」
答えを聞いて、不安だった気持ちが一気に解けた。
二人でふふふっと笑った。
すべての謎が解けたような。
「あざとかったかな?柱の陰に隠れてたなんて」
僕が尋ねると、彼女はほころんだ笑顔で答えた。
「うん。あざとい」
ナルさんの「#片想い文芸部」参加作品です。
今回のお題は「あざとい」です。
以前、お題「落とし物」で書いていた際、途中で行き詰まって下書きに残した小説を、作り直しました。
男性目線と女性目線の両方を入れ込むという、自分では初めての試みです。
あと、私の「片想い文芸部」参加6作目で、やっと初めてハッピーエンドを書くことができました!!
なんだか嬉しい\(^o^)/(思わず顔文字を使ってみた)
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