どいつもこいつも恋の歌【短編小説】#片想い文芸部
♪星空の下のディスタンス 燃え上がれ!愛のレジスタンス
さえぎる夜を乗り越えて この胸にもう一度……
Baby, Come back!
部長がお立ち台でTHE ALFEEの「星空のディスタンス」を熱唱している。
うちの会社の飲み会、二次会はカラオケと決まっている。
一番大きいパーティルームを貸し切り、三時間の歌い放題。
そして、一曲目は部長が必ずこの曲を歌う。
学生時代にバンドを組んでギターを担当し、今でもALFEEに憧れてるとか。
そんなことはいい。
俺は一年前のトラウマから目をそらすように、ビールを煽りフライドポテトやチョコレートをつまむ。
そして、みんなの歌を聴く。手拍子をして、合いの手を入れて。
一年前、何があったかって?
一次会の居酒屋、あの子が偶然、隣の席になった。
独身の男性社員と見たら、誰彼構わず色仕掛けするという噂だったあの子。
テーブルの下で手を握られて、耳元で「私、タイプかも」って囁かれて。
あの時の、胸に来た「ずっきゅーん」という衝撃、悲しいかな、未だに忘れられない。
「嘘でしょ?」
聞き返したけど、彼女は無言で微笑んだまま首を振る。
冗談?それとも本気?
なんて聞き返してもいいのか分からないまま、固まっているうち。
彼女は、ふわっと他の席へ移動してしまった。
彼女の言葉を信じていいのか、ダメなのか。
ひたすら目の前にある、ピッチャーに入ったビールを手酌して、あちこちのお皿に残った料理をつまみながら流し込んでいた。
だから、あの時の二次会のカラオケボックスへの道は、足取りがフラフラしていた。
普段から仕事で組んでいる先輩が肩を取ってくれて、一緒に歩いた。
先輩は突如、あの子の名前を出し「話しかけられたか?」と尋ねてきた。
うなずくと、「お前もついにヤラれたな」と薄ら笑いされた。
あの時の二次会も、同じカラオケボックスの、同じパーティールームで。
先輩が横に座ってくれて、ウーロン茶を頼んでくれた。
部長の「星空のディスタンス」でカラオケが始まり、なんとかその時は持ってたものの、二曲目からどんどん眠くなってきた。
盛り上がる歌には合いの手を入れる。
「Ultra Soul」ではサビの最後に「ハイ!」とこぶしを突き上げる。
「2億4千万の瞳」ではイントロから「億千万!億千万!」、サビの最後には「ジャパーン!」と叫ぶ。
だけど、そうやって眠気覚ましをしながらウーロン茶を飲むのが精一杯。
あとは、ソファーの背もたれに寄りかかり、目を閉じていた。
まぶたの裏には、彼女の笑顔がしっかり焼き付いていて。
耳元でささやかれた声も、息も、握られた手の感触も、はっきり覚えていて。
もう夢から覚めたくなかった。
「お前、寝てんの?」
隣から先輩が話しかけてくる。慌てて目を開けた。
「おおおお起きてます」
「じゃあお前も歌え」
先輩がカラオケのリモコンを差し出す。
じゃあ一曲、歌ってやるよ!
歌いたい曲を入力して送信し、お立ち台へ向かった。
ギターのソロが印象的なイントロと共に、カラオケの画面に「ラブ・ストーリーは突然に」と表示される。
場内が一気にざわめき出す。
お立ち台でマイクを持った俺に向かって、同期のひとりが指さす。
「お前、恋してんのか?!」
うるせぇ、黙れ。そう口パクし、同期をにらみつける。
先輩はニヤニヤ笑っている。
♪何から伝えればいいのか 分からないまま時は流れて
浮かんでは 消えていく ありふれた言葉だけ
♪あの日 あの時 あの場所で 君に会えなかったら
僕等は いつまでも 見知らぬ二人のまま
サビを歌いながら、彼女の笑顔を思い出していた。
うっかりにやけてしまってた、そんな気もする。
後から聞いた話だが、この二次会、彼女は俺と同期で出世株の男と抜け出してたとか。
そしてその後、そいつと結婚することになり、寿退社した。
あぁ一年前の、心に残る古傷。
トラウマが蘇るパーティールーム。
今日は、一次会から飲むのも控えめにしていた。
二次会ではあえて盛り上げ役に徹する。
そう決めていたのに。
後輩社員の男子が、おもむろにお立ち台へのぼり、マイクを持った。次に歌う順らしい。
彼は顔が真っ赤で目もうつろだ。相当、酔っているらしい。
立っているのもちょっとフラフラに見える。
ピアノのソロが印象的なイントロが流れる。
画面には「愛は勝つ」と表示されている。
♪心配ないからね 君の想いが 誰かに届く 明日がきっとある
一節目から涙声。
なんかあったか?失恋でもしたか?
彼の声は歌いながら、どんどん詰まっていく。
♪どんなに困難でくじけそうでも 信じることさ 必ず最後に愛は勝つ
一番の歌詞の終盤、彼は歌いながら嗚咽し、崩れ落ちた。
何が何だか分からない。
でも俺は思わず、うずくまっている彼に駆け寄った。
「大丈夫か?」
彼の肩を抱え上げ、それでもマイクを放そうとしてないのを確認した。
でも、このまま歌えるんだろうか。
俺は、お立ち台の前にあったマイクスタンドから、もう1個のマイクを持って電源を入れた。
間奏が終わり、2番の歌詞が始まる。
彼は泣きじゃくって、歌おうともできない。
俺は彼の肩を抱き、代わりに歌う。
♪どんなに困難でくじけそうでも 信じることさ 必ず最後に愛は勝つ
最後のサビかと思って歌ったら、もう一回同じ歌詞を繰り返す部分がある。
もうマイクを持ったまま動けない彼の口に、俺のマイクを寄せた。
「ほら、最後くらい歌え」
彼はなんとか目を見開き、荒く呼吸を整える。
♪信じることさ 必ず最後に愛は勝つ
彼はか細い声で歌った。
アウトロが流れ、俺は彼を抱きしめた。
「よく頑張ったな」
何にも事情を知らないけど。
彼は俺の肩に顔をうずめて泣き出した。
何があったんだよ一体。
でも、とにかく手ひどい失恋をしたに違いない。
俺も同じだ。ひどい目に遭った。
もしかしたら、相手は同じ女性かもしれないけど。
そんなことどうでもいい。
俺たちは仲間だ。
その後、すっかり酔いと号泣で疲れ切った彼は、上司が呼んだタクシーに押し込まれて帰っていった。
三次会に行くメンツと離れ、終電もなくなったから、歩いて帰ることにする。
コンビニで買ったペットボトルの水を飲みながら、線路沿いの道を一人で歩く。
一年前の失恋の痛みを、後輩と一緒に歌を歌って昇華できた気がして、なんだか笑えてきた。
すげぇな、歌の力。
知らんけど。
空を見上げると、月が浮いていた。
そういえば今日のカラオケ、中途入社したばかりの、まだ見慣れない女性社員のあの人が歌ってた歌を思い出した。
♪君がいない夜だって
そうno more cry もう泣かないよ
がんばっているからねって 強くなるからねって
上手だったよなぁ、絢香の「三日月」。
ナルさんの「片想い文芸部」への参加作品です。
今回のテーマは「星」or「月」です。
ちなみに今回の小説は、以前「片想い文芸部」で発表した作品のサイドストーリーかつ後日談でもあります。
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