謎めいた人【短編小説】#片想い文芸部
あの人が卒業後、就職せずに海外へ行くという話を聞いたのは、あの人と同期の先輩たちが就職活動に奔走し始めた頃だった。
「俺は就職なんかしない。放浪の旅に出る。日本に帰ってきたら起業しようかな」
本気で言っているのか、冗談なのか、最後まで分からなかった。
同じゼミの学生でありながら、めったに顔を合わすことはなかった。
ふらっとゼミに現れては、隅っこの席に座り、他の学生の発表をニコニコしながら聴いていた。
ヨレヨレのTシャツに、洗いざらしのジーンズ。
リュックもあちこち擦り切れていて、取っ手の部分は片方が外れていた。
彼は「モノを買うのが嫌だ」と豪語していた。
だから、スマートフォンも持っていない。
ジーンズのお尻の部分、右のポケットにはお財布、左のポケットには家の鍵をいつも入れていると言っていた。
だから、大事なものを忘れて家を出たとか、どこかに置き忘れたとか、そんなことは一度もないって。
彼は「しがらみ」が嫌いな人だったのかもしれない。
ゼミの飲み会には、誰がどう誘おうと絶対に来なかった。
お酒が飲めないって言っていた。
キャラに合わないと思った。
何もかも、全くもって謎でしかない存在なのに。
そんな謎めいた彼が、妙に気になっていた。
でも、彼とお近づきになることはなかった。
彼は、自分の卒業式すら欠席した。
卒業が確定した時点で、もう海外へ飛び出して行ったらしい。
海外、っていってもどこか分からない。
彼はたぶん、探されたくないんだと思う。
だから、すべての情報をうやむやにして、私たちの前から去っていったんだろう。
立つ鳥あとを濁さず、そんなつもりでいたんだろうか。
彼に関するすべての謎、そして私の心に残った彼の不思議な魅力。
あとを濁しているのにな。
あるんだよ、落とし物。
ナルさんの「片想い文芸部」への参加作品です。
今回のテーマは「落とし物」です。
いいなと思ったら応援しよう!
チップありがとうだぜ!お菓子を買って食べて紹介するぜ!ZINEの制作費にするぜ!そしてZINE即売イベントの出店料や交通費に充てるぜ!