見出し画像

これからの人生のこと。家族と話したいのに、どう切り出せばいいかわからない

これからの人生のことを、
本当は家族と話しておきたいと思っている。

でも、
どう切り出せばいいのかがわからない。

相手はまだ、
「そんな話、したくない」と思うかもしれないし、
「気分を害しそうだな」とも感じる。

そう思うと、
話題にするタイミングを逃してしまう。


重たい話がしたいわけじゃない


誤解されたくないのは、
不安や心配を共有したいわけでも、
結論を急ぎたいわけでもない、ということ。

ただ、
これから、どんなふうに生きていきたいのか。

どんなふうに歳を重ねていきたいのか。

人生の終わりを、
ほんの少し思い描くことも含めて。

大切な人と、
ちゃんと話しておきたいだけ。

それなのに、
言葉にしようとすると、
なぜか黙ってしまう。


家族と向き合おうと思ったタイミング

私が、
家族と「これからの人生のこと」を
ちゃんと話そうと思ったのは、
自分自身が50代になってからでした。

それまでは、
「まだ大丈夫」
「いつか話せばいい」

どこかで、
まだ先のことだと思っていたんです。

私の場合、
話す相手は父親でした。

自分も、もう若くない。
いつ何があってもおかしくない年齢になって、
ふと、こんなことを考えたのです。

もし私に何かあったら、
親を助けたくても、
それができない状況になるかもしれない。

だから、
「いつか」ではなく、
「お互いが今、話せるうちに」、話そう。

大切なことを、
分かち合っておきたいと思いました。


切り出せなかったのは、相手のせいじゃなかった

振り返ってみると、
切り出せなかった理由は、
相手の気持ちではなかったように思います。

私自身が、
これからどう生きたいのか。

何を大切にしていきたいのか。

それを、
自分の中で、まだ整理できていませんでした。

自分の中が定まっていないから、
喉が詰まって、
言葉にできなかった。

それに、
相手の反応が怖かったのだと思います。

こんなことを言ったら、
こう返ってくるんだろうな。

相手が不機嫌になったり、
感情的になるのも嫌だったし、
自分が不機嫌になったり、
感情的になるのも嫌でした。

そんな理由も、
あったのだと思います。


家族だからこそ、日常の中で話しておきたい

それでも、
やっぱり思うのです。

家族は、
これから先、
何かあったときに助け合う人たち。

だからこそ、
大切なことは、
特別、改まって話すのではなく、

もっと、日常の中で、
少しずつ、自然に、
本音で話しておきたいな、と。

何かを決めるためではなく、
お互いがどんな方向を見ているのか。

どんな思いを持っているのか。

それを、
ただ確かめ合うために。


まずは、自分の中の声に目を向ける

いきなり家族と話すのは、
抵抗があるのだとしたら。

その前に、
少しだけ立ち止まって、
まずは、自分自身に問いかけてみるといいのかもしれません。

これから、
どんな人生を思い描いているのか。

どんな時間を大切にしたいのか。

誰と、
どんな距離感で関わっていきたいのか。

未来を思い浮かべたとき、
体験したいことを、
そのまま言葉にして、並べてみる。

この問いに向き合うことで、
「誰と、何を、何のために話したいのか」

自分なりの、相手と話すゴールが、
見えてくるのではないでしょうか。


話すことは、方向を確かめ合うこと

これからのことを話すことは、
今、お互いが、
どんな方向を見て、
どんなふうに生きていきたいのか。

それを、
そっと確かめ合うこと。

落ち着いて、
本音で話せたその時間は、
これからの人生を、
安心して生きていくための、
静かな支えや信頼につながるような気がしています。


もしかしたら、
「どう切り出せばいいかわからない」と感じるとき、
私たちは、話すことそのものに、
小さなジャッジをつけているのかもしれません。

こういう話は縁起でもない。
こんなことを話したら、
相手はどう思うだろう。
気分を害するかもしれない。
関係性が崩れてしまうかもしれない。

そんなふうに、
相手を思いやっているようで、
実は、相手の反応を先回りして
決めつけてしまっていることもあります。

「話すことで、
どんな素晴らしい時間や、
どんなあたたかな未来が待っているだろう」

そんなふうに、
少しだけ先を、やさしく思い描けたとき。

言葉は、
思っているよりも、
自然に出てくるのかもしれません。



#人生後半のこと
#家族との時間
#これからの生き方
#50代からの暮らし
#未来を話す
#心の整理
#対話の時間
#安心して生きる
#問いのある暮らし
#未来安心

いいなと思ったら応援しよう!