100日間子どもの連絡帳を書き続けて変わった文章力と生活の捉え方
保育園と各家庭が子どもの様子について情報共有するための「連絡帳」。その中で唯一、自由記述が求められる「コメント欄」には一体何を書けばいいのだろう。
戸惑いながらも毎日朝9時までに提出する、というルールのもとひたすらに書いていたら、書く文章にも生活の捉え方にも変化が生まれた。
あたりまえに続けていたら、いつのまにか変化が生まれて。育児で必死な日々が大切に思えたり、キャリアを諦める必要がないことに気付かされたり。
日々を書き残したい気持ちはあるけど、なかなか続かない。文章力を上げたい。忙しい日々をただこなすだけになってしまっている。育児と仕事の両立で悩んでいる。
子どもがいてもいなくても、似たような悩みを持つ方のヒントに少しでもなればと思い、100日間を経ての気づきを記事にした。
育児の始まりと自覚のない諦め
またやってしまった。前回書いたnoteからもう、1ヶ月も経っている。
どんなに仕事でバタバタしていても、朝電車に乗っている時間や土日のちょっとしたカフェ時間に書けていたはずなのに。
今となっては朝の電車は貴重な睡眠時間だし、「ちょっとしたカフェ時間」なんて自ら志願しない限りは生まれない。育児デビューしてからしばらく経ち、仕事に復帰してからは「noteで文章を書く時間」の優先順位は一気に下がってしまった。
こんな風に育児を理由にして、私は自分のプライベートやらキャリアやらを少しずつ諦めていくことになるのだろうか。「諦めている」なんて自覚さえも、ないままに。だって子どもは可愛いし、誰に言われるでもなく自ら望んで、その道を選んでいるのだから。
「連絡帳」がある日常
6時40分。出社の日は早めに家を出るので、娘の朝の支度は夫にお任せ。いつもありがとね……の言葉は心の中にとどめつつ、焼いてバターを塗っただけの「超熟」を口の中に押し込み、バタバタと家を出る。
駅に着いて電車に飛び乗り、息をつく間も無くスマホを取り出して開くのは、SNSでもなければゲームでもない。保育園の「連絡帳」のアプリだ。
「連絡帳」とは保育園と各家庭が子どもの様子について情報共有するためのもので、保育園によって手書きだったりデジタル化されていたり形式はさまざま。娘の保育園では、アプリを使って管理している。
まず子どもの昨夜の機嫌と今朝の機嫌を3段階で評価して、排便の回数を入力。食事の内容に、寝た時間と起きた時間、体温、お風呂に入ったかどうかまで細かく入力していく。
昨日のことなのに、こんなにも何も覚えてないものかと驚きつつ。食事の献立を見て何か思われないか?生活リズムについて指摘されないか?などなど、はじめは気にしていたが、今となっては無心で入力している。
「コメント欄」に悩む
毎日入力していると慣れるもので、乗り換えで電車を降りるまでの数分の間に、記入できるようになってきたけれど。唯一時間がかかるのが、最後に待ち構える「コメント」の欄だ。小さめの文字で「本日のお子様のご様子などを教えてください」と書かれている。
何を書けばいいのか、何文字書けばいいのか、具体的な指示は何もない。先生に聞いても、「体調のことを書いてくださったり、家での過ごし方を書かれていたり、みなさんそれぞれですよ〜!」とのこと。
一体何をどう書けばいいの!?という戸惑いを見せるのさえ恥ずかしくて、正解がわからないままここまで約100日間、毎日毎日書き続けてきた。
100日間書き続けて生まれた3つの変化
毎日文章を書き、誰かに読んでもらう。こんなことは、入社したばかりの新人の頃に書いていた日誌以来ではないだろうか。
戸惑いながらも、ふと「これ連絡帳のネタになるじゃん」と思い立って下書き保存をしてみたり、日を追うごとに自分なりの工夫をしようと思ってみたり……
気づけば連絡帳のコメント欄の存在は、常に頭の片隅にあって。無くてはならない存在になっている。月曜から金曜まで、毎日16:20頃に届く先生からのお返事も嬉しくて。いつかの交換日記を思わせるようなワクワク感がない週末は、寂しさを感じるほどだ。
言われるがままに書いていた連絡帳も100日間続けてみると、書く文章にも生活にも変化が出てきた。今日は3つほど、紹介したい。
決まった時間に毎日書くだけで無意識に工夫するようになった
日記やnoteを書きたい気持ちは、ある。日々の気づきをなかったことにしたくないし、文章力が上がるのは嬉しいし……
でも、どれだけ日記を書こう!noteの更新を頑張ろう!と思っても、自分の意志で更新する時間を決めて、習慣にすることは意外と難しい。
そんな悩みを持つ私の前に現れた連絡帳のコメント欄は、私に「書くこと」をあらためて習慣づけてくれた。
うまく書けるのだろうか?書いて意味があるのだろうか?書いていない時間が長ければ長いほど、そんなことが頭をよぎるけれど。
連絡帳は、毎日朝9時までに提出しないといけないというルールがある。限られた通勤時間の中では考える暇もなく、とにかく思いついたことを書くしかない。
それを毎日積み重ねていたら、続けよう!なんて思うこともなく気づけば100日以上書き続けていた。
書いている文章が上手かどうかわからないし、連絡帳に文章力なんてものは求められていないのかもしれない。それでも毎日書いていると自分なりに工夫したくなるのが、人間というものらしい。
例えばこれ。
昨日は午後にインフルエンザの予防接種1回目に行きました。泣くこともなくスムーズに終わり、帰宅後も特に変わった様子なく過ごしました。今朝は4時半と起床が早かったですが、6時まで寝室で落ち着いて過ごすことができました。毎日11:00-11:30頃に眠そうにしますが、気をそらして起こせば昼食は完食できるはずなので、今日は初めての食事となりますが、よろしくお願いいたします。
言っていることはわかる。でも、「行きました」「過ごしました」「できました」と、「〜した」の文末が繰り返されて読みづらいし、最後の文章は読点が3回も続いてやたら長い。
連絡帳としては問題ないかもしれないけれど、今読むとちょっと読みづらさを感じてしまう。
約1ヶ月後のある日に書いたのがこれ。
シーツの素材変更で安眠できるようになったはずが...昨日は深夜3時に覚醒し、そのまま朝まで寝たり起きたりの繰り返しでした。年末年始を挟んだので、またリズムを整え直してるのかもしれません。
午前中に眠くなることがあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。
そして靴を履いての散歩時は私も手を握ってもらえないことが多いです...(笑)お手数おかけしますが、引き続きよろしくお願いいたします。
同じ文末の繰り返しになっていないだけでも、なんだか読みやすい。そして後半は一方的な報告ではなく、読む相手を意識した書き方ができるようになっている。(ここの詳細は次のパートにて)決して上手い文章ではないけれど、それなりの変化を感じていただけるのではないだろうか。
しかもこれ、工夫しよう!上達しよう!と一生懸命になった結果ではなく、気づけばこうなっていたというだけのことで。「積み重ね」の中で発揮される人間のポテンシャルの大きさを感じる。
相手を想像し、思いやりを持つことで「交流が生まれる」文章になった
先ほどの2つめの文章「靴を履いての散歩時は私も手を握ってもらえないことが多いです...(笑)」は、前日に先生からもらった「歩くときに手を繋いでもらうのが難しい」というコメントを受けてのものだ。
こんな風に、毎日自分の書いた文章を読み、返事をくれる先生の存在は大きい。少しでも、先生にとって役に立つ情報を伝えたい。ありがとうの気持ちを伝えたい。子どもたちのお世話で大変な中でちょっとでも、クスッとしてほしい。
いつしかそんな感情が私の中で芽生えはじめ、コメント欄にもその思いが反映されるようになった。
入園して初めて書いたものはこんな形で
先週風邪をひき、鼻水・咳が少しだけ残っていますが、機嫌よくごはんもいつもどおり完食しています。最近、突然泣き出すときはうんちの場合が多いので、変なタイミングで泣き出したときはオムツチェックお願いできるとありがたいです。(今朝は済んでいるので大丈夫かと思います)本日からどうぞよろしくお願いいたします。
こちらが伝えたいことと、お願いしたいことだけで構成されている。
一方で、その月の最終日に書いたものがこちら。
昨日はクリスマス会に楽しく参加できたようで嬉しく連絡帳を拝見しました。保育園でもやっていたという脇を開いたり閉じたりするダンス(?)を家でも披露していました。*1
夜に一度寝た後は深夜に何度もぐずってしまい、パパの添い寝でようやく眠ることができました。まだ病み上がりのせいなのかもしれません。しっかり風邪の薬を飲み切って、体調を回復できればと思います。食欲やうんちはいつも通り問題ありません。*2 今年は大変お世話になりました。残り1日、どうぞよろしくお願いいたします。*3
当時は意識していなかったけれど、自分の「嬉しい」という気持ちとセットで先生から聞いた保育園での様子に触れつつ(*1)、体調に関わる大事なことを簡潔に書き(*2)、感謝の気持ちで締める(*3)という構成になっていて。
初期のものに比べると、先生が読みたくなるような文章にアップデートできているのではないだろうか。(よく見ると文末は同じものの繰り返しになっているけれど……なかなか100点満点が出せないリアルさも、感じていただけたらと。)
つい最近書いたこちらは、さらに「クスッと」する要素が加わっている。
昨日は1歳半検診に行ってきました。部屋の飾り付けを指さして「アンパンマン」「バナナ」を連呼したり、初めてのおともだちに絡んだりしつつ(笑)結果も問題なしでした。日々通わせてもらっている保育園のおかげだなあとあらためて感謝です!たまに痰が絡んだり喉の調子がまだ少し悪いですが、機嫌よく過ごしています。家ではお風呂上がりのローションのポンプを押したり(親は困りつつ…)おえかきをすること、フセンやシールを貼ることがブームのようです。
先生からのお返事にはこう書いてあって(一部抜粋)
今日1歳半検診お疲れ様でした。初めてのお友達とも関われる(娘の名前)さんさすがですね!
普段、連絡帳について先生と直接会話することはあまりないけれど、この日のお迎え時は「初めてのお友達に絡む様子が想像ついて、思わず笑っちゃいました!」と声をかけていただいた。
お返事の文章だけではなかなかわからないけれど、自分が書いた文章を毎日受け止めてくれて、感想を持ってくれる人がいることのありがたみを感じる瞬間だった。
検診で問題がなかったことの報告とそれは保育園のおかげであることの感謝の気持ち……体調面に、マイブーム。文章としてはほどよく話題を盛り込めた気がするし、何より自分が書いた文章で先生との新たなコミュニケーションが生まれたことが嬉しかった。
実際、先生からどんな印象を持たれているかはわからない。でも、想いを込めることは、ただ読んでもらえるだけでなく、相手との交流が生まれる文章を書くための第一歩なのかもしれない。
書く習慣が定着し、日常の切り取り方が変わった
平日のバタバタの朝に、毎日欠かさず文章を書く。はじめは決して楽ではなく、「ああ……連絡帳書かなきゃ……」と憂鬱なタスクに追われているような気持ちになることもあった。
それでも、書くことが少しずつ習慣になって定着すると、何気ない日常を過ごしていても意識が変わるもので。「これは連絡帳に書いて先生に伝えたいな」と思って咄嗟にメモしたり、「連絡帳のいいネタが見つかった!」と夫と共有したり。
少しずつ、日常を楽しく切り取ることができるようになった気がする。
昨日は朝の人見知りから一変、帰宅後から甘えん坊モードでずっと「抱っこ」「抱っこ」と言っていました。いつもの「きらきらぼし」「チューリップ」のメドレーに「ぞうさん」も加わり楽しそうに歌っていました(笑)アンパンマンのマグネットにも夢中で、「アンパンマン」と言う回数が日に日に増えています。朝起きてからはママの抱っこがないとしばらく泣きやまず、甘えん坊モードが続いてる様子です。少し鼻水がありますが元気に過ごしています。
この日のコメント欄は最終的にはこのようなものになったが、16日の夜のうちに「きらきらぼし」「チューリップ」「ぞうさん」「アンパンマン」とキーワードだけをスマホのメモ帳にメモしていた。
今までならその瞬間だけ「あ、ぞうさん歌ってる」「アンパンマンって言ってる」と思うだけで終わっていたものが、連絡帳を意識して残していたことで、大事にしたい思い出になった。
きらきらぼしとチューリップのメドレーという捉え方をしたのも、連絡帳があったからこそだと思う。たまたまこの2曲を連続して歌っていた……というだけだが、先生のクスッとする様子を想像して、「メドレー」という言葉を自分なりに選んだ。
新曲の「ぞうさん」も加わったメドレー。娘が次々にいろんな曲を無邪気に、楽しげに歌っている様子を表現できているような気がして、誰よりも自分が気に入っている。メドレーという捉え方をしていなければ、「次はどんな新曲が加わるのだろう?」なんて楽しみにすることも、きっとなかっただろう。
今では、特に歌の話を書いたわけではないこんな日も
週末は大好きなおえかきに夢中になったり、パパと砂場で遊んだりと元気に過ごしましたが、昨日から鼻水が出ておりお手数おかけします。
最近1から10までリズムに合わせて数える様子があり、少しずつ数字も覚え始めているようです。色の名前は「青」が得意ですが(笑)、少しずつ他の色も覚えていけたらと思います。
先生から「新曲」について教えてくれる日もあり(一部抜粋)
お絵描きブームですね!色は青(笑)が良いんですね!どんな色が好き?の歌を歌う時(娘の名前)さんは確かに青率が高めです笑。
ただの事務的なやりとりから、いつのまにか「(笑)」を交えながらの楽しいやりとりとなり、何気ない毎日が楽しげな音楽で溢れている。
この日の帰り道はきらきらぼし、チューリップ、ぞうさん、そして新曲の「どんな色が好き?」のスペシャルメドレーを娘と口ずさみながらご機嫌に帰った。
育児の経験をスキルと捉えて勝手にキャリアを諦めない
「育児を理由にして、私は自分のプライベートやらキャリアやらを少しずつ諦めていくことになるのだろうか。」
冒頭で自分で自分にそう問いかけていたが、「そうでもないよ」ということを伝えたい。
私は、とある会社のコーポレートコミュニケーションの部署に所属している。社外の人に会社のファンになってもらったり、社員にもっと自分の会社を好きになってもらったりするために、さまざまな発信をするのが私の仕事だ。
社内外の人に向けて文章を書く機会も、当然多い。
1年半の育休中、特に産後はnoteもサボりがちだったけれど。復職の1ヶ月前から急に始まった連絡帳だけは、一日もサボらず書いていて、復職後に思わぬ力を発揮した。
ある日、自社の広告についてとある雑誌から取材依頼があり、書面で返答を求められたことがあった。
いくつかある質問のうちの一つは、自社広告のタレントを起用した理由について。理由はいくつもあったし、そもそもこういう意図でこういう広告の企画をしていて、それに合う人にはこういう要素が必要で……と、順を追って説明することが必要だった。
全てを網羅した文章をいきなり組み立てることは、難しい。そこで、要素として入れたいことをまずは箇条書きにして。AIに「これくらいの字数の文章にして」と相談しながら文章を組み立てて、最後に雑誌の雰囲気を踏まえて自分で整えていった。
すると、仕上がりは自分が想像もしていないレベルになって。普段、仕事で書いた文章を褒められることなんてほとんどないけれど、この時だけは上司にも先輩にも「いいですね〜」と言ってもらえた。
思いつくがままに要素を箇条書きにして、後から組み立てる。最後に読む相手を想像しながら、整えていく。あれ、これって連絡帳でしてることと同じかも……?
育休を挟んでも文章を書くことにハードルを感じなかったどころか、休む前よりもスピーディーにそれなりのアウトプットができたのは、単純に嬉しかった。
AIに頼ることだって、AIを駆使する夫の様子を育休中に日々見ていたからこそ覚えたこと。この1年半は決して空白ではなくて、当時仕込んだ伏線をこれから回収していけるのかも……!と思うと「1年半も仕事を休んだ」という後ろめたさが、少しずつ消えていく感じもした。
なんだか意識が高そうなバリキャリ人間に思われるかもしれないけれど、そうではない。「スキルアップしよう!」と意気込んでいたわけではなく、育児に向き合っていたらいつのまにか仕事に活かせることが身についていた……というだけであることを、ぜひ伝えたい。
あなたにとっての「連絡帳」で文章と生活に変化を
私は保育園のルールに沿う形で始まった連絡帳のおかげで、書く文章をアップデートすることができ、何よりも生活の捉え方そのものが大きく変わった。
なんでもない、ただただ必死な毎日が、なんだか楽しくて大切なものに見える。自分のキャリアを諦めなくてよいどころか、育児をしてるからこそ良い変化が生まれ、仕事に活かすことができる。どちらも、いつのまにか生まれていた変化だ。
私にとっては連絡帳がきっかけだったけれど。育児や連絡帳が身近ではない人にとっても、手帳のメモ欄だったり、手書きの日記だったり、noteだったり……なんでもよいので、この3つを意識して日々について書き留めることをぜひおすすめしたい。
決まった時間に毎日書くだけで無意識に工夫するようになる
相手を想像し、思いやりを持つことで「交流が生まれる」文章になる
書く習慣が定着すると、日常の切り取り方が変わる
まずはあたりまえに淡々とこなしてみる。それはいつのまにかスキルとなり、意識せずとも仕事に活かせているかもしれないし、なんでもない日々が大切に思えたりもするかもしれない。騙されたと思ってぜひ試してみてほしい。
週末に書きためたキーワードをもとに、明日の朝はどんなコメントを書こう。先生との交換日記を楽しみにしながら、育児に仕事に奮闘する私の1週間が、また始まる。
