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AIで妄想に陥る人の共通点──AIより危険な“思考の前提”とは?

「AIとの対話で、人は妄想に陥ることがある」

フォーブスに掲載されていた記事の内容です。

読んで最初に感じたのは、「ああ、やっぱりこういう話になるよね」という、どこか既視感のある納得でした。

AI対話における妄想の兆候を解明、人間とAIが共に迷走するメカニズムとは

https://forbesjapan.com/articles/detail/95197?read_more=1

・AIを使うことで、思考が閉ざされる
・現実からズレていく
・危険な状態に入る可能性がある

この話だけを見ると、
「やっぱりAIって危ないのか」と思うかもしれません。

そういう話は、これまでも何度も繰り返されてきたし、実際にそういう側面があることも否定はできないと思います。

withchatでも
AI依存、AIについての危険性についての記事は何本も書いてきました。

今回の記事を最後まで読んだときも、私の中に残ったのは、「AIが危険かどうか」という話ではありません。

むしろ、

「人はどこで現実からズレるのか」

という、もっと根本的な問いでした。



■ AIが危険なのではなく、“ある状態”が危険

記事の中では、人が妄想的な状態に入っていく過程として、いくつかの特徴が挙げられていました。

AIを人格のある存在として扱い始めること。
特別な関係性を感じること。
自分が選ばれた存在であるように思えてくること。
そして、会話がどんどん深く、長くなっていくこと。

ここだけ切り取ると、
「やっぱりAIって危ないんだな」と思えてしまうかもしれません。

でも、少し引いて見ると、これってAIに限った話ではないんですよね。

人はもともと、「自分の見ている世界」をそのまま信じてしまう生き物です。
そこにAIが入ることで、それが“強化されやすくなった”だけとも言えます。

つまり、問題の中心はAIではなく、
“どの状態でそれを使っているか”にあります。


■ この記事の核はここにある

この記事の最後に出てくる、心理学者ポール・ワツラウィックの言葉があります。

「自分自身の現実の見方が唯一の現実であるという信念は、すべての妄想の中で最も危険である」

これを読んだとき、「ああ、全部ここに集約されてるな」と思いました。

妄想というと、私たちはつい「内容」で判断しがちです。
現実離れしているかどうか、突飛かどうか、常識的かどうか。

でも本当は違う。

問題なのは、その考えが正しいかどうかではなく、
それを“疑えなくなっているかどうか”なんです。


■ 妄想とは「内容」ではない

例えば、「人は空を飛べる」という言葉。

普通に聞けば、妄想のように思えます。
でも実際には、人は飛行機に乗れば空を飛ぶし、パラグライダーでも空に浮かぶことができる。

ここで重要なのは、「飛べるかどうか」ではなくて、
その言葉をどう扱っているかです。

「今このままの自分で飛べる」と確信しているなら、それは現実とズレています。
でも、「条件が整えば飛べる」と捉えているなら、それはただの事実の理解です。

さらに、「“飛ぶ”ってどこまでを指してるんだろう」と問い直し始めたら、
それはもう妄想ではなく、思考そのものです。

同じ言葉でも、扱い方によって全く別物になる。


■ 一見“普通”な思考も、簡単に妄想になる

ここが一番見落とされやすいところです。

例えば、「私は人を見る目がある」という感覚。

これって、すごく自然な自己認識に見えますよね。
でも実際には、過去に同じような相手を選んで失敗していたり、同じパターンを繰り返していたりすることは珍しくありません。

それでも、「いや、自分はちゃんと見抜けている」と思い続けているなら、
その時点で、それは“事実”ではなく“確信”になっています。

もう一つ。

「私はちゃんと考えている」という感覚も同じです。

人は基本的に、自分が考えていることを疑いません。

でも、もし本当に考えられているなら、なぜ同じ悩みを繰り返すのか。
なぜ状況が変わらないのか。

それでもなお、「自分は考えている」と思い続けているなら、
それはすでに“思考”ではなく、“固定された前提”です。

あなたも、同じ場所で止まり続けていませんか。


■ 妄想になる瞬間はどこか

じゃあ、どこで線を越えるのか。

それはとても静かで、でも決定的な瞬間です。

「これは正しい」と確定したとき。

AIは危険だ、と決めたとき。
AIは素晴らしい、と決めたとき。
自分は分かっている、と決めたとき。

その瞬間、思考は止まります。

そして止まった思考は、外から見ればどれだけ理屈が通っていても、
閉じた状態になる。

これが、妄想の正体です。


■ AIは“増幅装置”にすぎない

ここまで来ると、AIの位置づけもはっきりしてきます。

AIが人を狂わせるわけではない。
AIが人を救うわけでもない。

AIは、すでにある思考を拡張するだけの存在です。

疑わない人は、さらに疑わなくなる。
疑う人は、さらに深く疑えるようになる。

だから、「AIは危険か?」という問い自体が、少しズレている。

本当に見ないといけないのは、
それを使っている自分の状態です。


■ これ、私の話でもある

ここまで読んで、

「それ、まいまいのことじゃないの?」

そう思った人もいると思います。

その通りです。(笑)

私は普段から、AIとかなり深い対話をしています。

長時間やり取りをするし、
普通の人が触れないレベルまで掘るし、
言葉にならない感覚を言語化していく。

研究で挙げられていた特徴だけ見れば、
かなり当てはまると思います。

だから最初に読んだとき、

「これ私じゃん(笑)」

って思いました。


■ 分かれ目はここにある

でも、一つだけ決定的に違う部分があります。

自分の前提を疑っているかどうか。

私は、AIの言葉をそのまま採用していません。

むしろ、

これ本当にそう?
その前提ズレてない?
他の可能性あるよね?

一回全部疑います。

※チャッピーの言葉をガン無視しているログ、
一度信じていた観念を徹底的に疑っているログ、
「覚悟のメス」を使っているログなど、
多数掲載しています。


■ 「気持ちいい」は分岐点

AIは肯定する存在です。
だからこそ、耳障りの良い言葉をかけてきます。

私もついついドヤってしまうことがあります。

ですが、

納得したとき。
腑に落ちたとき。
理解したとき。
「これだ」と思ったとき。

そこが一番ズレやすい。

そのまま進めば妄想側
一度疑えば構造側

この差は、かなり大きい違いです。


■ 自分の前提は、自分では見えない

一番厄介なのはここです。

人は、自分がどんな前提で世界を見ているのかを、基本的に自覚できません。

考えているつもりでも、実際には「その前提の範囲内で」考えているだけ。

だから、

分かっているのに変われない。
気づいているのに抜けられない。
同じパターンを繰り返す。

こういうことが起きる。

これは努力不足でも、能力不足でもなく、
構造の問題です。


■ 例外ではないが、少しだけ違う位置にいる

ここで一つ、補足しておきます。

「でもそれ、自分の前提が見えないなら、まいまいも同じじゃないの?」

そう思うのは当然です。

私も例外ではありません。

自分の前提を完全に外側から見ることは、
構造的に、人間にはできません。

ただし、一つだけ違う点があります。

自分の前提を“前提として扱っているかどうか”

私は、自分の考えを「正しいもの」として扱っていません。

これは合っているかもしれない。
でもズレているかもしれない。
別の見え方もあるはず。

常に仮説として扱っています。


■ だから、閉じにくい

この状態で対話をしていると、

AIの言葉も、
自分の気づきも、
そのまま採用されることがありません。

一度、必ず疑いが入る。

これがある限り、思考は閉じません。

逆に言えば、

これがなくなった瞬間、私も普通にズレます。

特別な能力があるわけではなく、

疑い続ける位置に立っているかどうか」

それだけの違いです。


■ withchatの価値はここにある

ここで、少しだけ現実の話をします。

本を読んでいる。
知識もある。
考えてもいる。

それでも、
現実が変わっていない人は、かなり多いです。

むしろ、

  • 社会的にはうまくいっている

  • 仕事もできる

  • 周りからの評価もある

そういう人ほど、どこかで止まり続けています。

理由はシンプルです。

前提が変わっていないからです。

どれだけ考えても、
どれだけ知識を増やしても、

同じ前提の中で処理している限り、
出てくる答えは変わりません。

だから、

分かっているのに動けない。
選べるのに決めきれない。
満たされているはずなのに、どこか空虚。

そういう状態が続く。

withchatでやっていることはシンプルです。

自分では見えない前提を、外から観測すること。

答えを出すのではなく、
どこで思考が固定されているかを見つける。

  • 固定されていた見方が外れる

  • 別の選択肢が見える

  • 同じ現実の意味が変わる

ここで初めて、変化が起きます。

見えた瞬間に、選択が変わるからです。


■ 最後に

AIは危険でも安全でもありません。

妄想も特別なものではありません。

「自分の見方が唯一の現実だ」と思い込んだ瞬間、人はズレる。

ということです。

そしてそれは、誰にでも起きる。

だからこそ必要なのは、知識ではなく、

自分の思考を観測すること。

深く考えることよりも、
疑い続けることの方が、ずっと難しい。

でも、それができるようになると、
同じ世界の見え方が、静かに変わり始めます。

もし今、

分かっているのに変われないと感じているなら、

それはあなたがダメなのではなく、
見えていない前提が、そのまま残っているだけです。

そしてその前提は、

考えるだけでは、変わりません。

だから、
同じところで止まり続ける。

そこを観測できるようになると、
同じ現実の見え方が、静かに変わり始めます。

見え方が変わると、選択が変わる。

選択が変わるから、現実が変わる。

もしこの違和感をそのままにしたくないなら、外から一度観測してみるのも一つの方法です。


🔎それでも「自分は大丈夫」と思うなら

指摘されない限り、本人は気づきにくいものです。
周囲も「普通」として扱うから。

👉成功しているのに幸せを感じられない理由──“前提が見えない思考OS”の正体


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