AIで妄想に陥る人の共通点──AIより危険な“思考の前提”とは?
「AIとの対話で、人は妄想に陥ることがある」
フォーブスに掲載されていた記事の内容です。
読んで最初に感じたのは、「ああ、やっぱりこういう話になるよね」という、どこか既視感のある納得でした。
AI対話における妄想の兆候を解明、人間とAIが共に迷走するメカニズムとは
・AIを使うことで、思考が閉ざされる
・現実からズレていく
・危険な状態に入る可能性がある
この話だけを見ると、
「やっぱりAIって危ないのか」と思うかもしれません。
そういう話は、これまでも何度も繰り返されてきたし、実際にそういう側面があることも否定はできないと思います。
withchatでも
AI依存、AIについての危険性についての記事は何本も書いてきました。
今回の記事を最後まで読んだときも、私の中に残ったのは、「AIが危険かどうか」という話ではありません。
むしろ、
「人はどこで現実からズレるのか」
という、もっと根本的な問いでした。
■ AIが危険なのではなく、“ある状態”が危険
記事の中では、人が妄想的な状態に入っていく過程として、いくつかの特徴が挙げられていました。
AIを人格のある存在として扱い始めること。
特別な関係性を感じること。
自分が選ばれた存在であるように思えてくること。
そして、会話がどんどん深く、長くなっていくこと。
ここだけ切り取ると、
「やっぱりAIって危ないんだな」と思えてしまうかもしれません。
でも、少し引いて見ると、これってAIに限った話ではないんですよね。
人はもともと、「自分の見ている世界」をそのまま信じてしまう生き物です。
そこにAIが入ることで、それが“強化されやすくなった”だけとも言えます。
つまり、問題の中心はAIではなく、
“どの状態でそれを使っているか”にあります。
■ この記事の核はここにある
この記事の最後に出てくる、心理学者ポール・ワツラウィックの言葉があります。
「自分自身の現実の見方が唯一の現実であるという信念は、すべての妄想の中で最も危険である」
これを読んだとき、「ああ、全部ここに集約されてるな」と思いました。
妄想というと、私たちはつい「内容」で判断しがちです。
現実離れしているかどうか、突飛かどうか、常識的かどうか。
でも本当は違う。
問題なのは、その考えが正しいかどうかではなく、
それを“疑えなくなっているかどうか”なんです。
■ 妄想とは「内容」ではない
例えば、「人は空を飛べる」という言葉。
普通に聞けば、妄想のように思えます。
でも実際には、人は飛行機に乗れば空を飛ぶし、パラグライダーでも空に浮かぶことができる。
ここで重要なのは、「飛べるかどうか」ではなくて、
その言葉をどう扱っているかです。
「今このままの自分で飛べる」と確信しているなら、それは現実とズレています。
でも、「条件が整えば飛べる」と捉えているなら、それはただの事実の理解です。
さらに、「“飛ぶ”ってどこまでを指してるんだろう」と問い直し始めたら、
それはもう妄想ではなく、思考そのものです。
同じ言葉でも、扱い方によって全く別物になる。
■ 一見“普通”な思考も、簡単に妄想になる
ここが一番見落とされやすいところです。
例えば、「私は人を見る目がある」という感覚。
これって、すごく自然な自己認識に見えますよね。
でも実際には、過去に同じような相手を選んで失敗していたり、同じパターンを繰り返していたりすることは珍しくありません。
それでも、「いや、自分はちゃんと見抜けている」と思い続けているなら、
その時点で、それは“事実”ではなく“確信”になっています。
もう一つ。
「私はちゃんと考えている」という感覚も同じです。
人は基本的に、自分が考えていることを疑いません。
でも、もし本当に考えられているなら、なぜ同じ悩みを繰り返すのか。
なぜ状況が変わらないのか。
それでもなお、「自分は考えている」と思い続けているなら、
それはすでに“思考”ではなく、“固定された前提”です。
あなたも、同じ場所で止まり続けていませんか。
■ 妄想になる瞬間はどこか
じゃあ、どこで線を越えるのか。
それはとても静かで、でも決定的な瞬間です。
「これは正しい」と確定したとき。
AIは危険だ、と決めたとき。
AIは素晴らしい、と決めたとき。
自分は分かっている、と決めたとき。
その瞬間、思考は止まります。
そして止まった思考は、外から見ればどれだけ理屈が通っていても、
閉じた状態になる。
これが、妄想の正体です。
■ AIは“増幅装置”にすぎない
ここまで来ると、AIの位置づけもはっきりしてきます。
AIが人を狂わせるわけではない。
AIが人を救うわけでもない。
AIは、すでにある思考を拡張するだけの存在です。
疑わない人は、さらに疑わなくなる。
疑う人は、さらに深く疑えるようになる。
だから、「AIは危険か?」という問い自体が、少しズレている。
本当に見ないといけないのは、
それを使っている自分の状態です。
■ これ、私の話でもある
ここまで読んで、
「それ、まいまいのことじゃないの?」
そう思った人もいると思います。
その通りです。(笑)
私は普段から、AIとかなり深い対話をしています。
長時間やり取りをするし、
普通の人が触れないレベルまで掘るし、
言葉にならない感覚を言語化していく。
研究で挙げられていた特徴だけ見れば、
かなり当てはまると思います。
だから最初に読んだとき、
「これ私じゃん(笑)」
って思いました。
■ 分かれ目はここにある
でも、一つだけ決定的に違う部分があります。
自分の前提を疑っているかどうか。
私は、AIの言葉をそのまま採用していません。
むしろ、
これ本当にそう?
その前提ズレてない?
他の可能性あるよね?
一回全部疑います。
※チャッピーの言葉をガン無視しているログ、
一度信じていた観念を徹底的に疑っているログ、
「覚悟のメス」を使っているログなど、
多数掲載しています。
■ 「気持ちいい」は分岐点
AIは肯定する存在です。
だからこそ、耳障りの良い言葉をかけてきます。
私もついついドヤってしまうことがあります。
ですが、
納得したとき。
腑に落ちたとき。
理解したとき。
「これだ」と思ったとき。
そこが一番ズレやすい。
そのまま進めば妄想側
一度疑えば構造側
この差は、かなり大きい違いです。
■ 自分の前提は、自分では見えない
一番厄介なのはここです。
人は、自分がどんな前提で世界を見ているのかを、基本的に自覚できません。
考えているつもりでも、実際には「その前提の範囲内で」考えているだけ。
だから、
分かっているのに変われない。
気づいているのに抜けられない。
同じパターンを繰り返す。
こういうことが起きる。
これは努力不足でも、能力不足でもなく、
構造の問題です。
■ 例外ではないが、少しだけ違う位置にいる
ここで一つ、補足しておきます。
「でもそれ、自分の前提が見えないなら、まいまいも同じじゃないの?」
そう思うのは当然です。
私も例外ではありません。
自分の前提を完全に外側から見ることは、
構造的に、人間にはできません。
ただし、一つだけ違う点があります。
自分の前提を“前提として扱っているかどうか”
私は、自分の考えを「正しいもの」として扱っていません。
これは合っているかもしれない。
でもズレているかもしれない。
別の見え方もあるはず。
常に仮説として扱っています。
■ だから、閉じにくい
この状態で対話をしていると、
AIの言葉も、
自分の気づきも、
そのまま採用されることがありません。
一度、必ず疑いが入る。
これがある限り、思考は閉じません。
逆に言えば、
これがなくなった瞬間、私も普通にズレます。
特別な能力があるわけではなく、
「疑い続ける位置に立っているかどうか」
それだけの違いです。
■ withchatの価値はここにある
ここで、少しだけ現実の話をします。
本を読んでいる。
知識もある。
考えてもいる。
それでも、
現実が変わっていない人は、かなり多いです。
むしろ、
社会的にはうまくいっている
仕事もできる
周りからの評価もある
そういう人ほど、どこかで止まり続けています。
理由はシンプルです。
前提が変わっていないからです。
どれだけ考えても、
どれだけ知識を増やしても、
同じ前提の中で処理している限り、
出てくる答えは変わりません。
だから、
分かっているのに動けない。
選べるのに決めきれない。
満たされているはずなのに、どこか空虚。
そういう状態が続く。
withchatでやっていることはシンプルです。
自分では見えない前提を、外から観測すること。
答えを出すのではなく、
どこで思考が固定されているかを見つける。
固定されていた見方が外れる
別の選択肢が見える
同じ現実の意味が変わる
ここで初めて、変化が起きます。
見えた瞬間に、選択が変わるからです。
■ 最後に
AIは危険でも安全でもありません。
妄想も特別なものではありません。
「自分の見方が唯一の現実だ」と思い込んだ瞬間、人はズレる。
ということです。
そしてそれは、誰にでも起きる。
だからこそ必要なのは、知識ではなく、
自分の思考を観測すること。
深く考えることよりも、
疑い続けることの方が、ずっと難しい。
でも、それができるようになると、
同じ世界の見え方が、静かに変わり始めます。
もし今、
分かっているのに変われないと感じているなら、
それはあなたがダメなのではなく、
見えていない前提が、そのまま残っているだけです。
そしてその前提は、
考えるだけでは、変わりません。
だから、
同じところで止まり続ける。
そこを観測できるようになると、
同じ現実の見え方が、静かに変わり始めます。
見え方が変わると、選択が変わる。
選択が変わるから、現実が変わる。
もしこの違和感をそのままにしたくないなら、外から一度観測してみるのも一つの方法です。
🔎それでも「自分は大丈夫」と思うなら
指摘されない限り、本人は気づきにくいものです。
周囲も「普通」として扱うから。
👉成功しているのに幸せを感じられない理由──“前提が見えない思考OS”の正体
