「男は単純だから褒めろ」で、静かに壊れていくもの
久しぶりに、
猛烈にムカついたリールを見た。
家事育児に非協力的な夫に、
イライラしている妻。
そこに現れる、
“人生の先輩女性”。
「男なんて単純なんだから♡」
「小さなことでも褒めたらやるようになるよ♡」
最初は戸惑っていた妻も、
頑張って褒めるようになる。
「オムツ替えれてすごいね♡」
「手伝ってくれてありがとう♡」
すると夫が変わり始める。
最後は、
夫婦円満ハッピーエンド。
──いや。
それ、
本当に幸せな構造なんだろうか。
私は昔、
これを本気でやろうとしていた。
「私が変わればいいのかな」
「褒められる女にならなきゃ」
「感謝できない私は未熟なのかな」
そう思って、
怒りを抑えて、
ちゃんとチャレンジしていた。
でも、
どうしてもできなかった。
なぜなら。
私は、
その100倍、
息するように毎日やっていたから。
オムツ替え。
洗濯。
片付け。
段取り。
保育園の準備。
見えないタスク。
スケジュール管理。
生活を止めないための判断。
誰にも褒められず、
当たり前として回し続けているもの。
それを、
たまたま1回やった人に対して、
「すごいね♡」
──いや、
アホなんかと思った。
しかも、
この違和感って、
家庭という空間に入ると、
急に“愛”とか“優しさ”でぼやける。
でも、
会社で考えたら普通におかしい。
同じチームメンバー。
同じ仕事。
同じ責任。
一人は毎日回している。
もう一人は、
気分で、
たまにやる。
なのにスローガンが、
「男は単純だから褒めましょう♡」
……現場崩壊するわ。
しかも怖いのは、
それを“良い関係”として流通させていること。
だってその瞬間、
妻はパートナーじゃなくなる。
管理者になる。
空気を読む。
機嫌をうかがう。
怒らせないように配慮する。
傷つけないように言い方を調整する。
感謝を演出する。
褒めて誘導する。
それ、
夫婦なんだろうか。
しかもこれ、
女側だけの問題じゃない。
男側も、
主体性を失っていく。
「褒められるとやる」
「言われたら動く」
「察してもらう」
「機嫌で動く」
やる気のない新入社員を、
ずっと褒めて、
機嫌を取りながら、
雇い続ける会社なんてない。
そんな高コストな運営をしている経営者は存在しない。
それを
“良い妻”
として持ち上げてる時点で、
だいぶ感覚バグってる。
会社を潰したいとしか思えん。
それ、
本当に対等な大人なんだろうか。
あと私は、
ずっと思っていた。
「オムツ替えれてすごいね♡」
これ、
男側も、
なめられてるって思わんとって。
対等な人間として見られていたら、
余計な褒め方、
本来いらない。
だって同じ責任だから。
しかも、
「手伝っておいたよ」
この言葉も、
よく考えたらかなりおかしい。
いや。
それ、
お前の仕事でもあるやろ。
会社で、
同じプロジェクトメンバーが、
自分の担当業務をやって、
「手伝っておいたよ♡」
って言ってきたら、
普通にズレてる。
でも家庭になると、
なぜかそれが
「優しい旦那さん♡」
「協力的♡」
になる。
いや、
本来当事者やろ。
しかも、
一番怖いのはここ。
この構造を、
“愛される女のテクニック”
として流通させること。
すると女側は、
「褒められる女にならなきゃ」
「感謝できない私が悪い」
「私がうまく回せばいい」
になる。
でも身体は知っている。
“対等じゃない”
って。
だから苦しくなる。
しかも、
男側も危うい。
「男ってそんなもん」
この言葉で、
全部止まるから。
同じ責任を持つはずなのに、
「褒められないと動けない」
それで、
主体性だの、
リーダーシップだの、
仕事論だの、
語れるんだろうか。
日常で当事者になれない人が、
仕事だけ当事者になれるんだろうか。
出勤前に脳移植をしている人なんていない。
あと、
ここかなり大事なんだけど。
こういう構造って、
レスにも繋がりやすい。
だって毎日、
育成
指導
管理
マネジメント
機嫌調整
してたら。
“異性”として見れなくなる。
夫じゃなく、
部下になる。
パートナーじゃなく、
子どもになる。
この構造、
“異性”を消していくテクニック、
の間違いじゃない?
だから私は、
「うまく転がす女」が
良い女だとは思えない。
それ、
一見円満に見えて。
実際は、
双方の主体性を削りながら、
“機嫌よく管理し合っている関係”
かもしれないから。
