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幸せ認定シールと、説明削減シール

『幸せ認定シール』はこちら


「幸せ認定シール」が欲しかったわけじゃない。

……たぶん。


でも私は最近、note創作大賞に応募している。


少し前まで、
そんな賞があることすら知らなかった。


しかも正直、
受賞したらどうなるのかも、よく分かっていない。


印税で大金持ちになるわけでもない。

人生が急に変わるとも思っていない。


それなのに、なぜ応募しているのか。


考えてみたら、
理由は意外とシンプルだった。


“説明削減シール”

が欲しかったのだ。


人は、
分からないものに対して、
ものすごく認識コストがかかる。


特に私は、
何をやっている人なのか説明しづらい。


AI?

心理?

文章?

ビジネス?

恋愛?

思想?

哲学?

セッション?


全部ちょっと違う。


だから毎回、
ゼロから説明が始まる。


しかも、
withchatの話をすればするほど、
「……つまり何してる人?」
になりやすい。


すると途中から、
説明しているこちら側も、
少し疲れてくる。


でも不思議なことに、

「創作大賞に応募中です」

と言った瞬間、

「あ、文章の人なんだ」

みたいに、
急に入口ができる。


怪しい人感が減る。


本質を理解されたわけじゃない。

でも、
認識の渋滞が少し減る。


私は、
“幸せ認定シール”
が欲しかったわけじゃなく、

“説明削減シール”

が欲しかったのだと思う。


もちろん、
それでも社会OSは起動する。


いいね数を見ると、
一瞬「上」「下」が立ち上がる。


「ホントに無名でも、
受賞する人なんているの?」

疑問が浮かぶ。


人は、
社会の序列から完全には自由になれない。


でも最近、
そこに少しだけ違う感覚がある。


例えば、
商店街で福引きをやっているとする。


「なんかやってるらしいよ」

「すきやきセット当たるかもしれんって」


そんなノリで、
とりあえず引いてみる。


引くのはタダだ。


私の創作大賞感覚は、
わりとそれに近い。


本は読まない。


本を出したいなんて、
今まで賭けてきたこともない。


でも、
もし当たったら、
ちょっと話が早くなる。


めんどくささが減る。


今までは、
「深海?なにそれ?」
だったものが、

「あー、あの変な人ね」

になる可能性が出てくる。


深海在住が、

東京在住くらいに、

なればいいなという希望を抱いている。


それって、
権威というより、
翻訳なのだと思う。


本当は、
中身を見てほしい。


でも現実には、
人はまず“ラベル”から認識する。


出版。

受賞。

肩書き。

フォロワー。


それらは、
中身そのものではない。


でも、
社会が大量の人間を高速処理するための、
認識ショートカットでもある。


だから私は最近、
シールそのものを否定する気持ちが、
少し減った。


問題なのは、

“シールを持っていること”

ではなく、

“シールがないと、自分の感覚まで消えること”

なのかもしれない。


本当は鯵が好きなのに、

「せっかくだからマグロ」

を選び続けること。


本当は、
静かな空気の方が好きなのに、

「勝ち組っぽいから」

で、
ずっと息苦しい場所にいること。


問題なのは、
シールではない。


自分の感覚より、
シールの方が強くなることだ。


だから私は、
たぶん今日も、

「創作大賞?
なんか、くじ引きやってるらしいよ」

くらいの顔で、
商店街へ向かっている。


でもその途中で、
ちゃんと鯵の美味しさも、
忘れないでいたいと思っている。



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