見出し画像

IT業界の私が、医療機器開発プログラム「MID」に5ヶ月間参加して学んだこと

IT業界の私が、医療機器開発プログラム「MID」に5ヶ月間参加して学んだこと

なぜ医療機器開発の世界に飛び込んだのか

私はIT業界で長く働いてきたエンジニアだ。医療とは無縁の人間だった。

きっかけは子育てにある。私には発達障害のある子どもがいる。日々の観察で「こういうことができるようになった」「ここで困っている」と感じることは多い。しかし診察の場では、医師の評価と保護者の実感との間に大きなギャップがある。日常の観察を、もっと診察で活かせないか。そう考えていた。

2025年1月末、スタンフォード大学のバイオデザイン研究室を見学する機会があった。バイオデザインとは、2001年にポール・ヨック博士らが開発した医療機器イノベーションの方法論で、デザイン思考を医療機器開発に適用し、現場のニーズを起点に問題発見から事業化まで一貫して行うアプローチだ。現在は世界各国に展開されている。

「現場観察から課題を発見し、テクノロジーで解決する」。このアプローチは、自分が感じていた課題と直結していた。

帰国後、東京都主催の「MID(Medtech Innovators Development Program)」の募集を見つけた。スタンフォードのバイオデザイン手法をベースに、ジャパンバイオデザインの講師陣が指導する実践型プログラムで、東京大学と連携して運営されている。迷ったが、IT業界の経験と当事者としての課題意識を持つ自分だからこそ見えるものがあるはずだと考え、応募した。

プログラムの全体像

MIDは9月から翌年2月までの全8回構成で、バイオデザインのプロセスに沿って進む。各回の間にも課題があり、現業と並行しながら取り組む実践型のプログラムだ。

レクチャー・ワークショップ → 初回からバイオデザイン手法をワークショップ形式で体験的に学ぶ。バイオデザインの基本、課題評価手法、ヒヤリハット分析、保険制度なども多角的に学ぶ。

医療現場観察実習 → 東京大学医学部附属病院にて、実際の医療現場を観察する。救急やICUを含む現場で、観察に基づく課題抽出を行い、ニーズの素材を得る。

ニーズステートメント作成・スクリーニング → 「誰が、どの状況で、何に困っているか」を明確に定義し、ニーズの仕様書を作成する。講師のフィードバックを受けながら改良とスクリーニングを繰り返し、取り組むべき課題を絞り込む。

コンセプト創出・評価 → ブレインストーミングでアイデアを大量に出し、技術的実現性・医療的インパクト・ビジネス成立性の観点で評価・選定する。

事業化検討・プロトタイプ → 薬事規制、知的財産、保険制度、ビジネスモデルの講義を踏まえ、リスク評価を行い、プロトタイプの作成に取り組む。スタートアップの立ち上げも視野に入れる。

最終ピッチ → 課題発見からソリューション、事業化までを一貫したストーリーとして発表する。一般からも視聴参加者を募る公開形式で行われる。

現場で感じたこと

医療従事者への尊敬

医療現場を「Outsider」として初めて観察した衝撃は大きかった。

ICUのカンファレンスでは、多くの職種が一堂に会して患者一人ひとりの状態を議論していた。手術にも立ち会ったが、何時間も集中力を切らさない先生方の姿に圧倒された。ICUの先生方は36時間シフトを日常的にこなしている。IT業界で夜勤を嫌々やっていた自分が恥ずかしくなるほど(笑)。身体的負担と精神的ストレスを抱えながら的確な判断を下し続けるプロフェッショナリズム。そして一人の医師がカバーする知識の広さと深さ——病理、手術手技、全身への影響——にも驚かされた。

まず伝えたいのは、日々命と向き合う医療従事者への深い敬意だ。

命の重さ

1〜2ヶ月前まで健康だった方が、疾患をきっかけに人工呼吸器が必要になった。術後に外す予定だったが自発呼吸が戻らず再装着。回復を試みる中で肺炎を併発し、肺の状態が悪化して人工呼吸器が外せない悪循環に陥り、最終的にECMO(体外式膜型人工肺)を装着している状態だった。

ICUには、透析で血液を浄化し続けている方、意識が朦朧としたまま人工呼吸器につながれている方もいた。

「生きているとは何だろう」と考えさせられた。意識があること。自分の力で呼吸ができること。当たり前だと思っていたことが、どれほど尊いか。生きて呼吸していること自体が、奇跡なのだと改めて感じた。

患者中心という視点の転換

もう一つの気づきは、従来の医療機器開発の視点だ。多くの医療機器は、医療従事者の使いやすさやオペレーション効率化の視点で設計されている。もちろん重要だが、バイオデザインは患者が何を感じ、何に困っているかを出発点にする。

この「プロセス中心から患者中心へ」という転換は、「子どもの日常が診察に反映されない」と感じてきた自分の経験と重なった。当事者の声を開発プロセスに取り入れることで、本当に必要なイノベーションが生まれると確信している。

チームの多様性が生んだもの

MIDには、ブランディングの専門家、メディカルエンジニア、薬事規制に詳しい方など、多様なバックグラウンドの参加者が集まった。この多様性が、実現性の高いビジネスモデルと説得力あるピッチの原動力になった。

研究者は深い専門知識を持つが、顧客中心のソリューション設計やビジネスの実現性は、異なる視点のメンバーが補うことで形になる。薬事に詳しいメンバーが規制面を素早く整理してくれたことで、プロジェクトのスピードが大きく上がった場面もあった。

IT業界出身の自分は最初「場違いでは」と感じていた。しかし、プロダクトマネージャー的な視点——顧客中心に考え、全体を設計し、着地可能な形にまとめる——は、医療機器開発でも大きな価値を持つ。高度な研究を実際に届くプロダクトにするには、こうした視点が不可欠だ。

IT業界やプロダクトマネジメントの経験がある方には、ぜひこの領域への参加を勧めたい。

先輩たちから受け取った言葉

最終ピッチ後、バイオデザインのアルムナイ(卒業生)との交流があった。そこでいただいた言葉が心に残っている。

「小さくてもいいから、まず試す方法はある。」 審査員やアルムナイの方から背中を押された一言だ。胃カメラのように、医療従事者自身が直接試したことで生まれたイノベーションを思い出させた。先輩たちの挑戦の歴史に触れ、勇気をもらった。

「一番シンプルな方法で試すこと。」 これはIT業界でいうMVP(Minimum Viable Product)の考え方と本質的に同じだ。業界は違っても、イノベーションの原則は共通している。

「人には手、頭と足がある。足を使って現場を観察することが大切だ。」 頭だけで考えて手足を動かさなければ、思わぬ落とし穴にはまる。自分自身への戒めとして深く刻んだ。

「志ある人が集まれば、また志ある人が集まってくる。」 自分がいい人間であれば、周りにもいい人が増えていく。MIDで出会った仲間たちがまさにそうだった。素晴らしい人たちと出会えたことに、心から感謝している。

今後について

「日常の観察を診察の場で活かす」という想いは、プログラムを通じてより具体的な形になってきた。IT業界のスキル、保護者としての経験、バイオデザインの方法論。これらを組み合わせて、どう社会に貢献できるか、引き続き模索していく。

おわりに

MIDは一定の難易度があるプログラムだ。気軽に参加できるものではないが、だからこそ得られるものも大きい。

医療分野で起業を考えている方。研究の成果を社会に実装したい方。医療現場の課題を自らの手で解決したい方。そうした強い意志を持つ方にこそ、このプログラムを勧めたい。

小さくてもいいから、まず試してみる。足を使って現場を見に行く。志を持った人たちのところに飛び込んでみる。

この記事が、その一歩を踏み出すきっかけになれば幸いだ。


MID(Medtech Innovators Development Program)は東京都が主催する医療機器開発イノベーション人材育成プログラムです。詳しくはMID公式サイトをご覧ください。


いいなと思ったら応援しよう!