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女性活躍の盲点と私たちに本当に必要だった、たった一つの視点ー23年間自治体の中で見た、善意の配慮が"悪意なき排除"に変わるとき②

第2話 善意が、人の意欲を奪う──自治体の現場で気づいた「配慮」がもたらすもの

前回は、育児と仕事の狭間で限界を迎えた自分自身の話を書きました。

今回は、その経験が組織の中でどうつながっていったか、そして人材育成の担当係長として悩み、実践してきたことをお伝えします。

民間企業の支援を通じて、気づいたこと

管理職になっても思うような働き方はできないだろう──そう感じていた私は、目の前の仕事に夢中になりました。

就労支援の担当主査になり、私は初めて民間企業の「働く環境」を間近で見ることになりました。一億総活躍プランが閣議決定された頃、中小企業では人手不足が深刻でした。そのような情勢の中、大手人材エージェントと組んで事業化したのが、処遇改善・働く環境の改善に取り組む中小企業を支援する事業でした。

給与や休暇制度だけでなく、非正規社員の正規登用、職場風土の改善、デジタル化まで。
人から選ばれる企業になるために、経営者自らが腹をくくって変わろうとする本気の姿に、私はすっかり魅了されてしまいました。
一方で、その光景を見ながら、自分の中でこれまで意識的に避けていた自分の組織について、ふと、考えることが多くなりました。
「何かやれることがあるのでは」
もっと言えば
「何もやらなかったら、きっとそのことをずっと後悔するだろう」

この経験が、人材育成部門への異動を自ら希望するきっかけになりました。

「女性活躍推進研修」への違和感

人材育成の担当になって、まずは一通りこれまでの仕事を理解しようと考えていた中で、強烈な違和感を覚えたのが、女性だけを集めた「女性のキャリア支援研修」でした。
表向きはキャリア支援ですが、裏のテーマは「管理職試験の受験率を上げること」
女性管理職を講師に招き、女性の主任職に対して管理職の魅力を伝えながら、悩みに答えるというものです。

企画する側として関わりながら、はじめから極めて居心地の悪いものでした。
登壇する女性管理職からは「私、子育てしていないし」「呼ばれるのって育児世代だよね。なんか申し訳なくて」という声が聞こえていました。
登壇者にも、参加者にも、どこか無理をさせている感覚がありました。

迎えた研修当日。直接声を聴きたくて、一緒に輪の中に入ると、参加者からこんな問いが飛んできました。

「男性管理職は、私たちに活躍してほしいと、本当に思っているんでしょうか」

返す言葉が、ありませんでした。
そこにいた研修生は管理職の声に熱心に耳を傾けているのです。
でも、結局のところ「そうはいっても両立が難しいですよね」という
誰しもが初めから考えている結論に落ち着くのです。

管理職が少ないのは、女性の意欲が低いからではない。
この組織で意欲を持ち続けることに、疲れていくのだ。

あの日の私は「女性だけの研修は何かおかしい」と感じながら、
何が問題なのかを言語化できていませんでした。
今思えば、あの研修が前提にしていたのは、「問題は女性側にある」という思い込みでした。
意欲を高めれば、ロールモデルを見せれば、女性は管理職を目指すようになる─自分たちの抱える本当の悩みを解決できなくて、意欲の持ちようなどないのに。

男女で考える研修へ

「こんな研修、やめましょう」
正解はわからないまま、まず研修の設計を変えていきました。女性だけを集めるのではなく、男性も含めた職場全体で「働き方」を考える場をつくる。男性管理職にも登壇してもらう。

「それで女性活躍の研修と言えるのか」という声もありました。

でも、この問題は女性だけで解決できるものではありません。男性も、組織も、一緒に向き合わなければ変わらない。多くの女性の声から確信していたことがあります。
支える基盤がないのに、女性を集めて、女性管理職だけが責任を負う形を組織が示し続けることは、逆効果だということです。

子どもの不調が、私を変えた

そのころ、私自身にも大きな転機がありました。
子どもの不調です。詳しくは書きませんが、子どもからのサインを、私は長い間見落としていました。
常に全力で、家で隙を見せない母親。仕事も家事も子育ても完璧にこなそうとする姿が、知らないうちに「そうでなければならない」というメッセージを子どもに送り続けていたのです。

「ママの前では、弱音がはけない」 「ただ、ママの笑顔が見たい」

これまでの生き方すべてを否定されたような衝撃でした。子どもが身体を張って教えてくれたこと──辛そうな姿には、誰もついてこない。

かつて友人が話していた言葉を思い出しました。
「母親は太陽のようでなくてはね。でも、無理には笑えないよねえ」と。

職場も、同じではないか。懸命に身を粉にして組織を支える上司の姿を、部下はどう感じているのか。「こうあらねばならない姿」が、周囲の苦しさを助長していないか。家庭でその責任を負う女性たちが、同じ姿を組織に求められて応えられるのか──。

係長として部下を持つ立場になった私にとって、この気づきは決定的でした。

疲弊する組織の中で

人材育成の係長として研修の現場を見ていると、組織の疲弊が手に取るようにわかりました。
新規採用の職員すら研修に送り込めないほど人が足りない現場。
孤独に抱え込む管理職。
「強くあるべき」というプレッシャーの中で声を上げられない職員。
誰かが休めば誰かにしわ寄せが行き、支える側も支えられる側も、双方が追い詰められていく。

誰も悪くない。でも、全員がどこかで消耗していました。「べき論」がお互いを縛っている。私自身、その「べき論」を強く自分に課していたし、知らず知らずのうちに、周囲にも押しつけていたのだと思います。

手放すこと、そして力を引き出すフェーズへ

それまでの私は、抱え込むタイプでした。人に頼ること、弱みを見せることが苦手で、自分でやらなければならないと思っていました。 下手なプライドが邪魔をして、できる自分を見せようとし、今でいう『フキハラ(不機嫌ハラスメント)』だったのかもと思います。
でも、本当は一人の力には限界がある。自分が抱えている間は、残念ながら誰もやってくれません。そして、抱え込んで辛そうにしている姿はちっとも魅力的ではありません。

子どもへの気づきをきっかけに、夫への関わりも変えました。「パパの力を私が信用しなくてはいけない」

『夫はどうせ頼れない。これ以上要求するのも、かわいそうかもしれない』そうやって結局はすべて自分が抱え込むことが当たり前になっていました。
すると今度は、「こんなに頑張ってきたんだから、ママでなければいけない」「『ママでなければダメだ』と言ってくれなきゃ報われない」という感情が芽生えてきました。今思えば、何だか歪んでいました。

でも実は、子どもたちは、パパの気負わないやり方が大好きだったりします。私が参入できない障壁を知らず知らずのうちに作っていたのです。
「ママに内緒だよ」を楽しめるようになると、実は自分にはこんなに自由時間があったんだ!──という驚きの未来が待っています。パパの自己効力感も上がります。

できる人が引き受けることは、善意のようで、
実は相手の成長機会を奪っている。

女性が力を発揮できる組織をつくるために必要なことも、根っこは同じだと思います。
子育て中の職員は「大変だから」「無理をさせてはいけないから」と戦力から遠ざける。その配慮は、善意からきています。
でも結果として、経験を積む機会を奪い、評価される対象から遠ざけ、「あの人はそのポジションでいい」「私はこのポジションでいい」という固定化を生んでいきます。 どうすれば力を発揮できるのか、本当に必要な配慮はそっちなのです。

家庭でも組織でも「任せない配慮」が、
「悪意のない排除」へと変わっていく。

家庭での気づきは、私のマネジメントを変えました。さすがに係長が一人で抱えられるとは思っていませんでしたが、それでも意識的にメンバーの力を信じ、育てることを始めました。

最近は、メンタル不調者が増え、育児や介護の休業が増え、残される人が抱え続ける状態がどの職場にも起こっています。どこの職場も働けない人を仕事から距離を置く「配慮」に疲弊しています。 でも、先ほどからお伝えしている通り、任せない配慮では何も解決しません

まず、一人ひとりの想いに耳を傾けることから。
できること、不安なこと、苦手に感じることを把握する。
得意なことを任せ、力を発揮できるフィールドをつくる。
どんな環境なら、どんな条件なら頑張れるのか。
私の経験上、大抵の職員は「何とか役に立ちたい」と思っています。
期待を伝える。成長を認める。
誰であれ、人は、素晴らしい才能を持っているものです。
一朝一夕で変わるものではありません。でも確実に、人が育ち、チームに活力が生まれていきました。
そして何よりも係長の私自身が多くの職員に助けられ、孤独から解放されました。

最終回は、なぜ制度が整う自治体で両立はこんなにも難しいのか、そして「ケア労働者」が活躍できる組織を、具体的にどう設計するのかを書きます。

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