生きるということ(エッセイ)
中学の国語の授業で 「I was born 」と「生ましめんかな」という詩を習った。
どちらも『生』を扱った作品だ。
知っている人も多いと思うが、概要はこんな感じ。
吉野弘の詩「I was born」は、主人公が、I was bornとは受動態だと気づき、生まれるのではなく生まれさせられるのだと理解する。卵を産んですぐに死ぬ蜉蝣と、自分を産んですぐに亡くなった母の話を通して、自分という存在の小ささと不確かさを感じながらも、生きることへの静かな肯定が見える。
栗原貞子の詩「生ましめんかな」は、広島に原爆が投下され人々が避難する中、若い妊婦が産気づく。自身も重症を負った産婆が手伝い、なんとか赤ちゃんは無事生まれるが、産婆は亡くなってしまう。子どもを産む苦しみと命の尊さを描いた作品。
国語の授業で習った内容なんて、ほとんど忘れてしまった。でも、この2つだけは強く記憶に残っている。
おそらく、生と死を扱った作品が、当時とても衝撃的だったからだろう。
生まれるということは、自分の意思ではなく、生んでもらうのだ。だから、生きることに感謝せねばならない。
そんなふうに授業ではまとめられていた気がする。
実際のところ、わたしは生んでもらったという気持ちを強く持って、生きてきた。
これはもちろん、自身の記憶ではなくて、親から聞いた話ではあるんだけれど。
母は産道が狭いという骨格上、なかなかスルッと子供が生まれない体だったようだ。姉は出産に時間がかかり、脳性麻痺で障害を持って生まれている。それから10年、両親は悩みに悩んでもう1人、子を生む決意をした。
ところが私も、結局は相当な難産で、あと一歩で姉と同じ状況だったらしい。
「すごい大変やったけど、みんなのおかげで生まれて来れたんやで」と、言われて育ったから、自然と感謝するようにはなった。
そんな感じだったから、国語の授業で「I was born」と「生ましめんかな」を習ったときは、クラスメイトの誰よりも深く頷いて聞いていたに違いない。
人は、生んでもらってこの世に生を受ける。
それから20年以上経って、考え方が変わる大きな出来事があった。
次男の出産だ。
長男の時は、無痛分娩ということで病院での出産だった。一方で、次男の時は自然分娩で助産院での出産。
もちろん夫目線ではあるが、病院で産むのと助産院で産むのは全く別物だった。頭の先が見えてから、出てくるまでは本当に大変だった。
一生懸命産もうとする妻、タイミングを見計らい必死でお腹を押す助産師さん(実際、出産で妻は肋骨を骨折した......)、おろおろしながらもできることを手伝う私と長男。
確かに周りの人間が必死に手助けして、次男は生まれた。
でも、周りの人間の力だけで生まれたのかというと絶対に違う。
次男の心音を聴きながら応援していたからわかる。
普通だと時間が掛かりすぎて、救急搬送で帝王切開するかどうかの判断の瀬戸際。そんな中、力強く心臓のビートを刻み続けた次男。
「ぼくもがんばるよ。うまれたい!!」
そんな声が聞こえるかのように、次男も一緒に頑張っていた。
だから周りの人間も勇気づけられた。
妻と周りの人間、そして次男本人の力が合わさって、無事に生まれてくれた。
そうなのだ。
生まれることは、受動態だけではない。「生まれたい」という強い能動態でもあるのだ。
3歳になり自己主張の強い次男を見ていると、この子は生まれたかったんだな、としみじみ思う。
だから、今わたしたちが生きているというのは、本当に尊いことだと思う。
それは、生まれさせてもらったからではなくて、確かに自分で「生まれたい」と思って、生まれてきたはずだから。
人生、楽しいことよりもいやなことの方が多いと思うかもしれない。
生きるのしんどいなぁってこともあるだろう。
でも、わたしたちの原点に立ち返ると、自らの意思でここにいるんだと思う。
人のせいじゃなくて、自分の意思だと思う。
そんなわたしたちにできることは一つだけだ。
生きることを楽しむ。
どんなことも、面白がって、前向きに捉える。
もちろん、そんな冷静に前向きになれないこともたくさんある。でも、面白がろうとする努力はやめてはいけないと思う。
おばあちゃんが昔言ってたことば。
「この世のことは、この世でおさまるようにできてるんやで」
いいことも、わるいことも、死ぬ時はトントン。
それをいい人生だったな、って少しでも思いたいから、苦しくてつらいことも、楽しかったと言えるひとでありたい。
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