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家族の幸せってなあに?

「もうあんなやつ知らん!面倒見きれん!」


妻からLINEで届いたメッセージ。
妻は子供たち2人と自宅にいる。


その時私はロンドンにいた。



◇◇◇

小学四年生の長男が不登校になった。
発達障害の診断も受けており、それまでも最大限のケアをしてなんとか通学していたが、6月で心が折れてしまった。


我が子が不登校になる。


この事実をすんなりと受け入れられる親がどれだけいるだろうか。



学校がもっとサポートしてくれていたら。

息子のSOSに担任の先生が気付いてくれていたら。

もっと私たち親とコミュニケーションをとっていてくれていたら。

もっと早くに息子の負担を減らしてあげられていたら。

もっと息子の声を聞いてやっていたら。


もっと。もっとーーー。



様々な後悔や責める気持ちがあちこちに飛んでいって突き刺さる。


最初の1ヶ月はその泥沼に家族全員でずぶずぶとはまり抜け出せなかった。


そんな中、突然おりてきたイギリス出張の話。
期間は1ヶ月。


これまでの経験から、自分が抜けた後 家族3人でうまくやって行けるイメージが湧かなかった。


だって家には、通学しなくなってからゲームと動画漬けの長男。

その長男を激しい言葉で叱る妻。

毎日繰り返される長男の癇癪と妻のイライラ。
当然自分の心も荒れるし壊れてくる。

唯一の癒しが当時2歳の次男だったが、家で喧嘩が絶えなくなり、徐々に言葉遣いも荒くなってきていた。



瞬間的に思った。

今、家族を置いて出張は無理だ。



しかし私もサラリーマンだ。
上司に家庭のことは相談したが、これまでも似たような話を断ってきていたので、これを断るのは君にとって良くない、と言われてしまった。

ドラマなんかでよく見るアレだ。

これを断れば出世の道は絶たれるよ、と。



出世より家族が大事です!


とその場で言えるかっこいい父ちゃんなら良かったのに。

でも、生活のこと、普段から親身に育ててくれている上司を思うと自分には言えなかった。


さんざん悩んだ挙句、関西に住む高齢の両親、妻のお義母さんにもサポートをお願いし、いざロンドンへ旅立った。



◇◇◇


7月。
あちらでの生活は想像した通りだった。
1ミリたりとも違わない。
いや、むしろ想像より悪かったと言ってもいい。

慣れない異国で仕事をしながら、毎朝送られてくる妻からの怨嗟のLINEを受け流す。

「一緒にいてあげられなくてごめんね」



そう言えば妻も黙るしかないことを分かって、そう言うしか無かった。
我ながらズルいやり方だ。


毎日まいにち、早く家に帰れることを願った。


心をえぐるメッセージはつらかったけど、LINEが来ることで、家族が生きている、という事実に安心もした。

心のどこかで最悪の事態も想定していた。



◇◇


そんな出張の日々も残り1週間となった時、妻からまたLINEが来た。


「もうあんなやつ知らん!面倒見きれん!ご飯ももう作らんし、出ていってほしい!」


妻も限界だった。



帰国するか?


とりあえず電話で話を聞き落ち着いてもらって、あと1週間なんとかよろしくと伝えた。
妻は泣いていた。



ロンドンバスに乗りながら、ぼんやりと帰国してからのことを考えた。



もう妻と長男は距離を置いた方がいい。


自分が長男と2人、別居するしかない。


色々考えた挙句の結論だった。





◇◇◇


長かった出張も終わり、帰国するなり別居の話を妻に持ちかけた。



妻の答えは、


「何言ってるの?やっと帰ってきたんだから、一緒に頑張ってよ」


だった。


そりゃそうだよな。なんだか自分も力が変に入ってたみたい。
妻とお互い顔を見ることが出来て、お互い生気が戻った気分だった。



◇◇


あれから5ヶ月。


相変わらず家ではゲームと動画漬けの長男がいる。


次男はより激しくなったけど、これは”にいに”の影響かどうかは分からない。

妻はと言うと、積極的に外に出るよう進めたお陰か、大分晴れやかに過ごしているように思う。


皆が笑顔だと自分も笑顔になれる。

そして何より、家族は一緒にいた方がいい。



当たり前だけど、その当たり前を手放しかけたから、より一層大切にしようと思う。








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