理系ショートショート 『Thinking拘束』
仕事が終わって家に向かう途中、電車の窓から外をぼんやり見ていると、ある看板が目に飛び込んできた。
おれはあわててその駅──家の最寄り駅より1駅手前──で降りて、先程見えた いかがわしい繁華街の雑居ビルに向かった。
看板にはSとMの字が見える。
「よし、今日はパーリナイだ」おれは低くつぶやくと、 吸い寄せられるように中に入った。
入って受付をしていると、急激に頭が痛くなってきた。
はぁ……頭が……われるっ……!!
気がつくと目の前は真っ白な壁だった。
いや、真っ白な天井だった。
かすかなアルコールのにおい。
どうやらおれは病院のベッドで横になっているらしい。
「おや、お目覚めですか。良かったです」
医師は、そう声をかけて近付いてくる。
「ちょっと失礼しますね」
病院着のボタンをはずし、胸にヒンヤリとした聴診器があてられる。
と同時に、医師はしかめっ面で耳から聴診器を少しはずした。
ずれた聴診器からは賑やかなビートと声が漏れている。
『ひぃあうぃーーごぉーー!!!
あげてくぜーーーー!!みんなぁーーー!!!
ぷちょへんざ♪ ぷちょへんざ🎶
よー♪ よーよー🎶』
「あーこれは、パリピ型のThinking拘束ですね。これが出ると頭の中がお花畑になるんですよ。頭の中のDJ KOOが全ての思考を支配し縛り付けるんです。
これね、わかりますか?
あなたが倒れた直後の写真です」
医師が見せてきた写真には、たしかにベッドで寝ている自分の姿があったが、その顔は恍惚の表情を浮かべていて、妙に気味が悪かった。
「でも大丈夫ですよ?最新の治療でね、Thinkingシートを貼れば解決です」
iPS細胞由来心筋シートとは、ヒトiPS細胞から作製した心筋細胞(iPS心筋)を主成分としてシート状に加工されたものです。心臓に移植することで心機能の改善や心不全状態からの回復等の治療効果が期待されます。
「簡単な手術でね、また柔軟なThinkingのリズムが取り戻せますよ」
それからしばらくして、手術が無事終わった。
気分はというと……最悪だ。
ずぶずぶと沈み込むような気分。
検査結果とわたしの様子を見ながら医師がボソッとつぶやいた。
「これThinkingシートじゃなくて、Sinkingシートやないか!」
Think : 考える
Sink : 沈む
えーー、間違えたの?えーーー?!
そんなわたしの様子を見て妻がボソッと言う。
「倒れた場所が恥ずかしすぎて、へこんでるだけじゃないの?ほんと、離婚もThinkingよ」
(1021字)
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