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カザフ美人の前で大人の階段をのぼった話

「今日はね、モデルさん呼んでるから」


無精髭に白髪ロン毛のY先生。
美術教師という肩書きで、そのビジュアルもギリギリ許容されているが、電車にいたら確実に両隣は誰も座らないタイプ。

そんなY先生は、教室に入ってくるなりドヤ顔で衝撃の一言を投下した。





ここは中高一貫の男子校だ。
近隣に住む市民の皆様からは、動物園と呼ばれている。言わずもがな、檻の中の方だ。


檻の中は実に自由で、体育の後なんて、半裸パンイチの生徒がいても誰も咎めない。


そんな奔放な高校1年生に向かって、美術教師が「今日モデル呼んでっから」と言い放ったのである。当然、只事では済まない。


ザワザワ



ザワザワ


生粋の変態のIなんて、さっきから「モデルモデルモーデル」と何かが漏れそうだ。


そんなざわめきとときめきを隠しきれない私たちの前に、茶色い瞳、ブロンドの髪のその女性ひとは現れた。


「彼女はねぇ、カザフスタンから来てくれたんだよ。 She came from Kazakhstan」


(いや、そこは訳さんでええやろ。)


内心、全員が突っ込んだが、上機嫌なY先生は構わずカザフから来た美しいそのひとカザフたんにねっとりとした視線を送っている。


美術モデルをデッサン。



もはや、デッサンという単語すら甘美で濡れた響きを帯びている。



「なにが出っさんやろか」



ほら、Iがとうとう漏らした。


そんなドキがムネムネな我々の前で、カザフたんはフワリと微笑むと、目の前をゆっくりと歩いて、いい香りを漂わせ……




そして、そのまま椅子に腰掛けた。






(いや、脱がへんのかい!!)



全力で全員が突っ込んだと思う。
言葉にはならないし、なったとてきっと伝わらない大和男児の魂の叫びを、カザフたんも感じ取ったのだろうか。


我々の前でゆったりと足を組みかえると、「Let’s start guys」とフワリと微笑んだ。


☕️☕️☕️



カザフたんは、その後結局1年間モデルとして授業に参加してくれた。


もともと美術が好きだったわたしは、1年間真面目に授業を受けて、彼女の顔をデッサンし続けた。

それこそ彼女の目から鼻にかけたカーブの角度も、柔らかく厚めのその唇も、フワリとウェーブのかかった髪も、目をつぶっても書けるほどにカザフたんのデータはここに入っていた。


それだけ熱心に授業を受けていたのは私だけだったのかもしれない。


Y先生の目に止まったのか、ある日授業の後に呼び止められた。


「放課後、教室に来なさい」




☕️☕️☕️


放課後、ドキドキしながら言われた通り美術室に向かうと、Y先生の横にカザフたんもいた。


西日を受けてブロンドの髪がキラキラと美しい。

油絵具の匂いに混じって、香ばしい香りがした。


「コーヒーですか?」

「あぁ。美味しいチョコレートがあるんだ」


Y先生はそう言うと、目の前にコーヒーの入ったマグカップを置いてくれた。


「コーヒー飲める? ぼくはブラックがお勧めだけど……クリープならあるんだけど」


「あ、じゃあブラックで」


父からコーヒーはまだ禁止されていたけど、大人な雰囲気にのまれて思わず嘘をついてしまった。


横でカザフたんが微笑む。


「チョコレートにはコーヒーだよね」


Y先生に勧められて、ズズっとコーヒーをすする。


「……っ!!」


思った以上の苦味で一瞬固まる。
コーヒー初体験なのが、先生とカザフたんにバレてしまっただろうか? それはなんだかとても恥ずかしい。急いでチョコレートを口にして、苦味が甘さでほどけていくのに安心する。


「うまっ!」


思わず口をついて出た感動の「うまっ!」は、恐らく初めてチョコとコーヒーのハーモニーを発見したひとのそれだったに違いない。


Y先生は嬉しそうに


「これが大人の味だよ」


と言うと、横でカザフたんもにっこりと頷くのだった。



わたしは大人の味を少しも逃すまいと、口を閉じる。


鼻から抜けるコーヒーの香りに、一気に虜になった。






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