週末探偵、タイ料理を食う
都内某所にあるタワーマンションの19階角部屋。
1905室、その部屋の高さ2メートルを超える窓から外を見れば、血脈のように絶え間なく流れる車のヘッドライトがレインボーブリッジに吸い込まれる様子がよく見える。
ル・コルビュジエの椅子が存在感を放つ整頓された書斎の床には、およそ似つかわしくない白い人型がマーキングされている。
この部屋の主は20代後半という若さでIT関連ベンチャーを立ち上げ、その強引さと派手な振る舞いが災いしたのか、その短い生涯を他人の手によって閉じることとなった。
主のいないその部屋で、フランク・ロイド・ライトのオレンジ色の照明に照らされ、今まさに口を開いたのは自らを『探偵』と名乗る口ひげの男だ。
「え~ひじょ~に難しい事件でしたが~わたしの目をあざむくことはできませんでした~」
『探偵』が自信たっぷりに語り始めると、横にいた『刑事』が口を挟む。
「いやいや、探偵先生。ガイシャの死亡推定時刻は4月10日の夜19時から20時の間。これは紛れもない事実ですぞ。しかもその時間はここにいる皆さんアリバイがある。犯行は不可能ですぞ」
するとその場にいた3人が、そうだそうだとばかりにうなずく。
1人目は被害者の双子の弟。この家に被害者と一緒に住んでいる。兄と対極に温和な性格で、近くの介護施設で働く優しい若者だ。該当の時間はこれまた近所にある実家の両親と会っていたことが父親の証言で示されている。
2人目は被害者の交際相手。被害者とは半年後に結婚式を挙げる予定になっていたという。化粧映えのする整った顔立ちは、大切な人を失ったくらいでは美しさを持っていかれることはなかったようだ。彼女も該当の時間はアルバイト先のガールズバーで働いていることが職場の記録で分かっている。
最後の1人はフードデリバリーで働く大学生の男。被害者の第一発見者だ。4月10日の21時頃に注文されたタイ料理を部屋に届けに来たらしい。玄関のチャイムを鳴らしても誰も出ず、不審に思ってドアを空けると鍵が開いていた。そのまま中に入ると書斎で倒れている被害者を発見したと言う。死亡推定時刻の頃は、仕事中で3件の配達をこなしていた。その間に犯行は不可能と考えられた。
「強いて言うなら」と『刑事』。
「どうしてこのオートロックのマンションで部屋までたどりつけたのか。いくらドアが開いていたとは言え、勝手に部屋に入ったのか。非常に興味があるところではありますがね」と大学生の男をジロリと睨む。
「いや、だから何度も説明したじゃん。ちょうどいいタイミングで他の住人が帰ってきたから一緒に入ったんだって。んで部屋の前まできたら靴がはさまってドアのスキマが開いてて、中を覗いたら倒れている足が見えたから急いで入ったんだよ。おれ医者をめざしてるからさ、倒れてる人いたらほっとけないでしょ」
「うーむ、探偵先生。やはりこの3人が犯人である可能性は低いですぞ」
「え~だからさきほどわたし、解決したと言ったはずです~犯人は~
この中にいる!!」
急に『探偵』が大きな声を出したものだから、その場にいた全員がかたまった。
「いやいや、わたしたち皆アリバイがあるんだよ?そもそもわたしが彼をころすわけ無いじゃない……!だって、だってわたしたち結婚することになってたんだよ……?」
泣き出したのは婚約者の女だ。そんな女を一瞥して『探偵』は続けた。
「トリックは~ひじょ~にシンプルです~」
「トリック?」
その場にいる4人の声が重なる。
「そうです~え~いいですか~?」
『探偵』はみんなをキッチンに連れていくとおもむろに冷凍庫を開けた。
冷凍庫には小さな高級アイスが2つ。他に食品は見当たらない。
「え?どうゆうこと?」弟が聞く。
「え~これを見てください~」
『探偵』が取り出したのは、アイスの横にあるアウトドアブランドのロゴが入った大きな保冷剤だった。
「犯人は~これを使って被害者の体を冷やしたんです~」
「なんだそれ?バカバカしい」大学生の男が言う。
「バカバカしいかどうか、やってみましょうか?これを脇に挟んでみてもらえますか~?」
『探偵』は保冷剤を大学生の男の脇にグイグイ押し当てた。
「ちょ!つめた!まぢやめろって!!」
「え~そうなんです~思ったより冷たいんですよ~これ。さすが最近のアウトドアグッズは優秀です~だからね、意外と簡単に遺体の温度が下がるんですよね~」
「そうか!死亡推定時刻が変わるのか!」と『刑事』
「え~え~そうです~被害者の体格と、この保冷剤の大きさを考慮して本当の死亡推定時刻を計算すると~実際は17時から18時となります~そして~この時間にアリバイがないのはただ1人~あなたです~」
「ちょ!まじやめろって!つめたいってば!」
脇を再び保冷剤でグイグイされた大学生の男の顔が歪む。
「いや、それだけじゃなんの証拠にもなんねぇよ。そもそも保冷剤をほんとに使ったかどうかなんてわかんねえだろ?」
「証拠はあります~被害者の首の後ろにある小さな赤い傷。この傷が、保冷剤のロゴの1文字、Lと一致しました~低温やけどってやつですかねぇ~」
「だ、だとしておれが使った証拠はないだろ?!」
「いいえ~あなたしかいません~なぜなら~4月10日16時から17時に誰とも会っておらずアリバイがないのはあなただけだからです~そしてあなたは医学部生。体の仕組みにも詳しい~そしてそして~保冷剤を~フードデリバリーの容器に入れてたくさん持ち歩いても不自然じゃない~」
「いや、おれにはあの成金やろーをころす動機がないだろーが!教えてくれよ!」
「おや~会ったこともない被害者が成金やろうってどうして知ってるんですか~?それにあなた~他にも隠してますよねぇ。例えば~ここにいる誰かと関係が~」
そう言うと『探偵』は、1枚の写真を出した。
そこに写っていたのは……その場にいる婚約者の女だ。
「この写真がどこから見つかったか、あなたならわかりますよね~?」
「……おれの……バイク……どうしてそれを」
「そぉ~です~!!あなたのバイクに彼女の写真が~これは不思議ですね~彼女と面識の無いはずのあなたが何故この写真を持っているんですかぁ~?しかもこの写真~明らかに隠し撮りしたものだぁ~はい~そうです!!あなたは彼女をストーキングしていた!きっかけは知りませんが、きっと配達で彼女を見かけてつきまとったんでしょう~住んでる場所がわかっていれば、ストーキングなんて簡単ですからね~ぇ。そしてあなたは~彼女を手に入れるために婚約者を手にかけた~保冷剤トリックを仕掛け~何食わぬ顔で一旦家を出て仕事をする~そして自分でタイ料理を注文し~21時頃部屋に戻って保冷剤を回収した~どうです?違いますか~ぁ?」
「くっ……!!そうだよ……おれがやったよ」
パチパチパチ
固唾を飲んでやりとりを見守っていた『刑事』が乾いた拍手で割って入る。
「いやぁ、お見事!探偵先生!!こんな鮮やかに事件を解決するとはさすがですぞ!」
「刑事さん、事件はまだ終わってないんですよ~」
「なんですと?!」
「さっきからそこでずっとだまっているあなた~そう、あなた彼に多額の保険金をかけていましたねぇ~婚約者さん~」
突然話を振られて女は明らかに動揺している。その横では、弟が眉間に皺を寄せてじっと下を向いている。
「え……それがなによ。わたしたち結婚するんだから、何も変じゃないでしょ?そういう仲だったのよ」
「たしかに~これから夫婦になるふたりだ~お互いに保険金というキズナで結ばれていたとしても不思議ではありません~ただし~それもほんとに愛し合っているふたりだったら、ですがねぇ~」
「ど、どうゆうことよ?」
「これ、見覚えありますよね~?」
『探偵』は、みずからのスマホを取り出し、画面を女に見せた。明らかに青ざめる女。
「え~これはあなたの裏アカですよね~だめですよ~SNSでこんなわかりやすい裏アカつくっちゃあ。そして~注目して欲しいのはここです~4月8日の19時25分の投稿。『あー!まじでムカつく!アイツのモラハラっぷりにはもう耐えられん!なんでプロポーズ受けちゃったんだろ!!』」
下を向く女。そんな女を『刑事』はギョロりと覗き込む。女はそんな刑事と目を合わさぬよう夜景をじっと見つめている。弟も同じく夜景を見つめる。『探偵』はそんな2人をちらりと見ると、また追及を続けた。
「え~問題はこの後です~『まじ弟くんと結婚したいわ。なんで双子で見た目同じなのに、あそこまで中身が違うんだろ』……え~これは被害者の弟さんに思いを寄せていたという解釈でよかったですか~?というかそう考える以外にありませんよね~え」
「うそだろ……!」一気に青ざめる弟。
「え~残念ながら嘘じゃありません。彼女は~ストーカーの気持ちを利用して自分の婚約者、つまりあなたのお兄さんを殺害させ~保険金をだまし取り~最終的にはあなた~そう、あなたと一緒になる気マンマンしたたか女だったのです~はい~いかがですか~?お嬢さん?反論は~?」
「くっ……ないわよ。だいたいあってる……。たしかに私は弟くんが好きだった。でも一つだけ『探偵』さんが把握してないことがある。わたしね……弟くんとの赤ちゃんがお腹にいるの」
「おい!!なんでバラすんだよ!?」
「だって、わたし捕まったらどうせ分かるでしょ。もう終わりよ。全部バレちゃった……」
「え~ということは~弟さんもあなたとグルだったということですか~?これはこれは、この場にいる全員が犯人とは~なかなかの事件ですねぇ」
「そうだよ……兄貴はいつもおれをバカにしてた。小さい時からこの20年以上ずっとだ。おれが大切にしているものを全て、『そんな金にならんことをするな』って切り捨てた。そんなおれを、彼女は誰よりも理解してくれたんだ。一緒になろうって、、兄貴のいない世界で、2人の子供を育てようって……うっ……うぅ……」
「まったく。とんでもない話ですぞ。とにかく3人とも署に来てもらおうか」
「……はい」
☕️☕️☕️
数日後、『探偵』が営業する『喫茶 週末探偵』のカウンターに『刑事』はいた。
「探偵先生、今回も大活躍でしたなぁ。ありがとうございます。それにしてもこんなに優秀なのに、どうして探偵は金、土、日の週末だけなんですか?」
「刑事さん~わたしはこの店でコーヒーをいれている時間が1番好きなんですよ~。平日はこうしてのんびり過ごしていたい。事件にこの大切な時間を奪われるのは耐えられませんからね~だから週末探偵なんですよ~。あ、そうそう~フードデリバリーでね~タイ料理頼んでみたんですよ~一緒に食べますか~?わたしパクチー食べられないの忘れてましてね~。いや~それにしても便利な世の中になったな~」
「わたしもパクチーはダメでして。それではそろそろこれで。また週末来ますね。では」
「やれやれ。あ、この焼きそばみたいなのはイケますね~ぇ……」
(本文4428文字)
つづく……かな?
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