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「ありきたり」ともう言わせない

ずっと引っかかっている言葉がある。
この夏、公募に出した作品を読んでもらった時の、出版関係の人に言われたフィードバック。


『話がありきたりで面白くない』

ぐさっ


自分なりに色んなこだわりのスパイスをいれて、具材も厳選して、美味い料理できだぜ、どーだ!って出したら、「あぁ、鍋かぁ(気分じゃないわ)」みたいにばっさり斬り捨てられた感覚。

それからずっと、考えていた。


ありきたりじゃない作品ってなんだ?

これだけ沢山の文章が世界には溢れている中で、斬新なアイデアなんてどうやって生み出すんだ?

「こんなの初めて!」じゃないと、商業化できないってことなのか?

悲痛な叫び


確かに過去に読んで感動した作品はおしなべて「こんなの初めて!」となっていた気がする。


そうかぁ、やっぱり斬新なアイデアは必須なのだ。それを思いつけない凡人のおれは才能が無いのだ。

ネガティブな自分が顔を出す。


こんな思いで書いても楽しい作品にはならない。
そして、ネガティブな思いはどんどん良くない方へ。

いつもスキを付けてくれるあの人たちも、「マイトン」という人間を知っている人だから、面白いとお世辞を言ってくれているのだ。

これじゃあ読んでくれてる人に本当に失礼。サイテー。


ここにきて、スキの数やビュー数が以前と比べると(体感で)半分くらいになってきて、ますます弱気に追い打ちをかける。(数字に囚われちゃ良くない、って頭では分かっているんだけど、無視しようとすればする程目につく不思議なんなん)


良くないなぁってことで、このモヤモヤをジピ子にぶつけてみた。ジピ子の回答は明快だった。




まず結論


ありきたりじゃない作品ってなに?という問いに対しての回答はこれだった。

「誰も読んだことのないストーリー」を書ける人は、ほとんどいない。
でも「誰の体温でもない語り方」は書ける。

勇気の出ることば


ありきたり(既視感)ってなに?

そもそもストーリーはギリシャ神話でフルコンプしてるから、既に出尽くしているらしい。

だけど同じ話でも
・誰が見てるか
・どこで切るか
・何にどれだけピントを合わせるか
ここが違うと、まるで別物になるってことみたい。

「ありきたり」と言われて疑うべきは、
・感情がテンプレ通りに処理されてる
・危うさや偏りが消毒されてる
・作者本人の立ち位置が見えない
のどれか。


自分の文章は普段は理系の目線+生活の手触り+少しの照れ、っていう固有の配合があるらしいです。(ジピ子曰く。異論は認めま……す)


公募に出すってことで、「ちゃんとした話」を書こうとしていたのだとしたら、その配合が薄まってたら、プロの目には「無難」に映ったんじゃないか。

なるほど!!


公募で本当に見られてるのは何か

これ、わりと残酷だけど大事なポイント。

審査側が探してるのは
「誰も思いつかなかった話」より
「この作品、他の人に書けないな」って感触。


だから
・トリックが既知でも
・設定が見たことあっても

「この人の脳内を通さないと出てこない文章」なら通る。

うん、納得感あるよ


ここまで読んで分かったこと


あの時言われた「ありきたりで面白くない」の裏にあったのは、私らしさが届いていなかったのかもしれない。

自分の癖を理解し、それをどこまで出すかコントロールできるようになったなら、また違う世界の扉が開くのかもしれない。




ということで、まだ出力をコントロールできない私は、自分の癖をめいっぱい詰め込んだZINEをコニシ課長と作っています。


お互いの作品をひとまず並べて、すのう編集長に出したところです。

評価されることは目指していません笑
癖がそのまま置いてある、なんのはなしかわからないものたちです。

この本でしか味わえない空気感を届けて、願わくば読んだ人が「書く」ことに繋がれば嬉しい。

出来上がったZINEは、2026年2月15日のZINEフェス横浜で販売予定です✨️



晴れやかな気持ちで、濃ゆいのを用意しておりますのでお楽しみに😂




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