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おとうとの名前はぼくがつけたげる

「じゃあぼくが名前つけたげるね」


それは兄になるための最初の1歩。

産まれてくる小さな命にできる、長男からの初めてのプレゼント。


◇◇◇


人見知りが激しくて、甘えん坊。どこに行ってもパパママにベッタリだった長男も、4歳になると徐々に保育園の友達と遊べるようになった。


段々と、周りのお友達の多くは弟や妹が生まれ始め、「どうして自分はひとりなのか」と疑問を持つようになったのだろう。

「どうしてうちには弟がいないの?」

「一緒に遊べる弟がほしい」

5歳になる頃には、毎日のように弟が欲しいと言いはじめた。


欲しいと言われて、簡単にできるものではない。


妻は長男の出産後、育児ノイローゼ、突発性難聴、腰椎ヘルニアのジェットストリームアタックを食らった傷が癒えていない。

わたしは慣れない育児と仕事の両立がうまくいかず、新生児だった長男を乗せて居眠り運転で事故を起こした苦い記憶を抱える。

発達の凸凹がある長男に毎日振り回されてHPもMPも常に真っ赤。

3人で生きているだけで精一杯だ。


そんな私たち夫婦にとって、もう一人家族が増えるという選択肢は、初期装備でラスボスに挑むくらい無謀な話だった。


『動物を飼うと凸凹っ子の癇癪がよくなるらしい』という謎の噂を聞きつけ、「弟が欲しいなら、犬を飼えばいいじゃない」とマリーアントワネッツ(複数形)と化した私たち


やれ、トイプーがいいだの、スコティッシュなんちゃらがいいだの、クリネックス(?)がいいだのと話しているうちに、突然アメリカ留学の話が決まった。


最低でも1年半はカリフォルニアに住める。
犬の話はどこへやら、社内規程で借りられるプール付きの家を探すのに夢中になっていた2020年の2月。


家族でビザも取得し、家財道具の半分を船便で送り出したタイミングで、例のコロナウイルスが猛威をふるって、アメリカ留学自体が吹き飛んだ。

妻は仕事もやめて、アメリカで第2の人生をスタートする気マンマンだったのに、出鼻を思いっきりくじかれ、虚ろな目でその口から出てきたのは「わたし、2人目を産む」だった。


正直2人目はそう簡単に授からなかった。


自然では難しいとなって、クリニックの治療も受けた。1年弱……きっと世間的には決して長くない方だけど、それでもメンタルとお財布とその他もろもろを削られながら、妻のからだの負担は大きくなっていく。そろそろ限界と思っていた頃に、有難いことに妊娠していることが分かった。


「ママね、赤ちゃんができたの。〇〇くん(長男)、お兄ちゃんになるんだよ」

長男にそう伝えると、「え? べつに欲しくないし」と絵に書いたようなツンデレを繰り出してきた。たまにはかわいいところもあるんやね。


その後も妊婦健診に行く度に付いてきたのは、やはり嬉しかったのと、ママの体が心配だったんだろう。


何度目かの検診で、エコーに小さくうつるシンボルを見つけて、弟だとわかった時は、長男もことさら嬉しそうだった。


◇◇◇

つわりがひどい妻は、ほぼ毎日寝室で過ごすようになった。ある日リビングで暇そうにしていた長男に、なんとなく「赤ちゃんの名前、どうしようかなってママと話してるんよね」とポロッともらした。


すると、「ぼくの名前は誰がつけたの?」と聞いてくる。

「ママが考えてくれたんだよ。ぐんぐん大きくなって欲しいって願いを込めて」

「そうなんだ。じゃあ、おとうとの名前はぼくがつけたげる



「え?」


突然の提案に最初は冗談かと思った。
自分のことも親にやって欲しがる長男が、そんなことを言うと想像もしていなかった。


ところが長男は、眉間にしわをよせてアイデアを出してくる。

「うんこぶりたろうは?」

「いやいや、次男やからそこは、ぶりじろうでしょ。ぶりたろうは君や」

「えへへへへ。じゃあ、ちょびっともれたろうは?」

「いいねぇ。でもどっかで聞いたことあるけどぉ?」


最初はきゃっきゃとふざけていたが、段々と真剣になって、最終的に妻もわたしも納得のひとつに決まった。


お兄ちゃんからのプレゼントだぞ。ちゃんと元気に生まれてきて、受け取ってくれよ。


◇◇◇


予定日が近付いてきた。
そろそろだよ。の雰囲気が家の中に充満し、みんなそわそわし始める。


痛みに極端に弱い妻は、長男の時は病院での無痛分娩を選んだ。でも今回は助産院での自然分娩を選択。きっと試験管の中で始まった命だから、一番自然な形で産んであげたかったのかな、と思う。



家から助産院まではタクシーで30分以上かかる。
「陣痛きたかも」と妻が言ってタクシーに乗っても、「今日はまだよ」と助産師さんに言われて帰宅する。そんなことを3日ほど繰り返しているうちに、とうとうその日になった。


6畳ほどの和室で、助産師さんがあわただしく準備をする。長男も今回は立ち会える。
家族全員の力で産むんだ! なんてのんきに思っていたら、目の前の自然分娩は想像を絶するものだった。


自分や長男に出来ることは、妻のからだをさすったり、飲み物のストローを口に入れたり、頑張れって励ますくらい。

妻は肋骨を三本折りながら死力を尽くした。次男もあきらめずに頑張り続けて、6時間以上かけて、ついに、この世に誕生した。



「ママ! がんばれ!! 〇〇くん(次男の名前)!
がんばれ!!」


産まれる前から名前で呼べたのは、考えてくれた長男のおかげだ。


我々の声が次男に届いたのも、きっと名前のおかげ。



◇◇◇


次男が生まれた次の日、仕事も学校も休みにして1日長男’dayにした。

「よくがんばったね」の意味もあったけど、これから長男に掛けられる時間は確実に減るだろうから、なんでもリクエストに応えるのだ。


どこに行きたいか聞いたら、動物園がいいと言う。


スマホを貸して好きなだけ撮らせたら、300枚以上の写真を撮っていた。


飾ってあった剥製。生きた動物撮ろうね。



トイレに飾ってあった写真。だから生きた動物……笑



帰り際、ギフトショップでぬいぐるみが欲しいと言う。


珍しいな、と思って見ていたら、ユーラシアカワウソのぬいぐるみを手にして「これがいい」とのこと。


確かに可愛いカワウソのぬいぐるみ。持ち上げるとおなかのところに手を入れられそうな割れ目があった。


ティッシュケースかな、と思って手を入れると、中から赤ちゃんカワウソが出てきた。



そうだよね。


弟、生まれたんだよね。嬉しいね。




◇◇◇


今ではしょっちゅう喧嘩してる2人だけど、弟の名前をつけてくれたのはお兄ちゃんだ。


いつかその事実が、2人の絆をより深める日がくるんじゃないか。


そんなことを思いながら、今日も2人が賑やかに喧嘩するのを、目を細めて見つめるのだ。







#なまえ百景

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