アルジャーノンはいないけれど
お姉ちゃんが動けるようになりますように
障がいをもつ姉の介護に両親は手一杯だった。
おかげでいつも1人ぼっちだったけれど、そんな両親を見て寂しいなんてとても言えなかった。
姉は出生時に脳性麻痺になって以来、50年以上寝たきりだ。言葉にならない「あー。うー」しか言えない。自分の意思で手足を動かすことも出来ない。
テレビドラマで「アルジャーノンに花束を」という物語を見た。知的障がいを持つ主人公ハルが、手術で天才的な頭脳になるお話だ。実験台となったネズミのアルジャーノンとハルを見ながら、うちの姉もいつか治って歩き始めるかもしれない、なんて希望を持ったが、ハルは結局もとに戻ってしまった。
希望なんてないのかもしれない。
でも
本当は……ずっと願ってる。
姉が動けるようになりますように。両親が介護から解放されますようにって。
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一生懸命に勉強して京都大学の薬学部に入ったわたしは、遺伝子の研究で博士の学位を取得し、製薬企業の研究員になった。
脳性麻痺を根本的に治すには、ダメージを受けた神経を復活させないといけない。
アルジャーノンに夢を託していた頃と違って、今はまだそんな技術が世の中にないことを理解している。
ただ、この世界に飛び込んでみて、姉と同じように生まれながらに罹る重い病気が沢山あることを知った。
遺伝性希少疾患。
10万人とか100万人に1人……そんな宝くじみたいな割合で、重い病気を抱えて産まれてくる命がある。
「どうしてうちの子が……」
そんなご家族の声を聞くと、胸が張り裂けそうになる。
「わたしのせいで、お姉ちゃんあんなふうに産んでしもた」と涙を流す母の顔と、無言で姉のお世話をする父の背中の記憶が重なる。
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1年間に世界で数例しか報告がないような超希少疾患では、巨額の開発費をかけてまで薬を作ろうとする製薬企業は決して多くない。
だから、製薬研究員のわたしたちにご家族はこう言う。
「この子の病気のことを知ってもらって、薬を作ろうとしてくださる。そのことが、わたしたちの希望なんです」
その期待に今すぐ応える術を、わたしたちは持たない。
薬を作る道は決して平坦ではない。
数十年の研究人生を全て使っても、ひとつも薬を生み出すことの出来ない企業研究員がほとんどだ。わたし自身、この15年で上手くいったものはひとつも無い。
今は何もできなくてごめんなさい。
でもいつか必ず……。
アルジャーノンはいないけれど。
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