護国寺駅に置いてきたもの
20代半ばに付き合っていた1学年下のサチは、自分軸をしっかり持ったかっこいい人だった。
サチは僕と同じ薬学部だったが、そのまま大学院に上がらずに工学部の3年生に転学。建築の道に進みたいというのだ。
目の前のレールを踏み外さないように慎重に進んできた僕からしたら、そうやって自分の夢に向かって急ハンドルを切れるサチは自慢の彼女だった。
「東大の大学院受かったよ!」
当時僕は博士課程の3年目で、関東の製薬企業で内定を得たばかり。夢に向かって一心に突き進むサチは、夢にまた1歩近付いてキラキラと輝いて見えた。
自分よりも一足先に東京へと旅立つ彼女を心の底から応援したい気持ちだった。
そんなサチが選んだ新居は東京メトロの護国寺駅から歩いて10分ほどの小さなマンションだった。
東京なんて就活の時に数回しか行ったことの無かった僕にとって、護国寺こそが最初に深く味わった東京だった。駅の近くには講談社の社屋があり、お洒落で落ち着いた雰囲気のBARや飲み屋が立ち並ぶ。文京区という響きすら知性を感じた。
サチが東京に出て数ヶ月。護国寺駅の改札で会った時、変わらない笑顔を見てすごく安心したことを覚えている。照れくさそうに「遠かった?」と笑うサチは僕の手を引き、「ここ、美味しいねん」と言って魚料理と日本酒の美味しいお店に連れていってくれた。「早速いいお店見つけたんやね」と返して、サチと新しい思い出をこの護国寺で積み重ねていけると思うと嬉しかった。
サチはそれから、あっという間に東京に馴染んで、見る見るうちに洗練された大人の女性になっていた。170センチを超える長身にヒールの高い靴を合わせ、後ろで無造作にまとめていた長い髪はいつしかセンスのいいボブヘアにカットされていた。
表参道のピカピカに磨かれたショーウィンドウに映るサチはさながらミラ・ジョヴォヴィッチのようで、その隣には相変わらずうだつの上がらない自分がひょっこり立っている。「モデルさん連れてるみたいや」と笑う僕に「あはは、何いってんの」と呆れた顔で返すサチ・ジョヴォヴィッチは、見た目は変わっても僕の知っているサチだった。
護国寺のマンションにはそこかしこに僕の気配を感じることが出来た。プレゼントで送ったアクセサリ、一緒に買ったペアの食器、朝が苦手なサチに送った目覚まし時計。それは、京都と東京という距離を乗り越える為に必要なアイテムたちだった。
いつからだっただろうか。
会いに行く度に少しずつ、食器や時計が変わっていった。
「食器どうしたの?」の言葉がすっと出てこないくらいに、二人の間の空気も薄くなっていた。あの時さらっと聞いていたら、大した理由じゃ無かったのかもしれない。でも聞けなかった。聞かないことが、より一層不安を増幅させて、その不安のカタマリは僕とサチの間に割って入って大きな風船のように膨らんでいた。
ある日マンションに着くなり、「ちょっと出かける所があるから付き合って」と言われて嬉々として出かけると、そこは建築関係の先生や学生たちが交流するちょっとしたパーティだった。
(わざわざここに連れてきてくれたってことは、サチにとって自分はちゃんと特別な人なんやろう。)
そんな風に自分に言い聞かせても、知り合いもいない僕をほって、色んな人と楽しそうに話をしているサチを見ると、楽しそうでよかったなんてとても思えなかった。誰と話すでもなく、ただただ一人苦いビールを飲み干した。僕はその場で誰よりも孤独だった。
その頃から、隣で手を繋いでいたはずのサチは気が付くとスタスタと自分のペースで前に行ってしまうようになった。
僕も歩調を合わせればついていけるのに、あえてゆっくりと歩き続けた。サチがそのことに気が付いて「どうしたの?」と振り返ることを期待して、拗ねた子供のように歩調を落とした。そうやって、二人の距離感を確かめていたんだと思う。
でも、結局サチが振り返ることはなかった。その目はまっすぐに建築家という夢を捉え、僕という存在はどうやってもその夢と交わらないのだと思った。
「一緒に歩こうよ」
絞り出した小さな声は、東京の雑音に紛れてサチには届かなかった。
いつの間にか、サチの後ろ姿は見えないくらいになっていた。
サチが東京に行って1年半経った時、僕は社会人として新たなスタートを切っていた。
念願のマイカーを手に入れて、意気揚々と車で護国寺まで行った。
サチはちょうど就活が終わり、希望していた建築事務所に入れなかったものの市役所で働くことが決まっていた。
これまでは将来のことなんて何も分からなかったけど、ようやくお互いに仕事も決まった。
まさに今だ、と思った。
付き合い初めて5年経っていた。お互い20代後半だ。早すぎるなんてことはないだろう。
このモヤモヤした関係を前に進める為にも、二人で一緒に次のステップに進みたい。今なら「一緒に歩こうよ」としっかり言える気がした。
「そういや、結婚とかどうする?」
誰もいない夜の屋外駐車場。別れ際のひと時に、
僕はできる限り重力を乗せないよう、ふわりとその言葉をサチに飛ばした。
きっと、「そろそろだね」と言ってくれるはずだ。そう信じて疑わなかった僕にサチはこう告げた。
「えー。今はまだ考えられないかな。やっと仕事も決まったとこやし、まずはそっち頑張りたい。1年後にもう1回考えてみない?その時にお互いどう思っているかで考えよう。ほら、1年契約みたいな感じでとりあえず今は更新ってことで」
想像していたものとは全く違う回答。それも超絶重たいやつだ。契約とか更新というワードを聞くことになるとは思っていなかった僕は、「あはは。そうね。また話そう」と曖昧に笑ってその日は別れた。
自分の部屋に戻って、ぐるぐると考える。サチとの距離は離れる一方だった。
1年後なんて待っていられない。
この1年半、ずっと寂しくて、ずっと待っていたのに。そう思うとこれ以上は無理だと思った。
少しして、電話で「別れよう」と告げた。
あれだけサバサバと契約だのなんだの言ってたんだから、サチもあっさり引き下がるものだと思っていたら、そんなことは無かった。
電話の先で大泣きするサチ。彼女が泣くのは初めてだった。「もう気持ちは変わらないの?」と聞かれて咄嗟に「実は他に好きな人がいるねん」と嘘をついた。
「もうどうしようもないやんか」と泣くサチの声を聞きながら、何度もごめんと言って電話を切った。その日は電気も付けたまま、テレビのノイズを聞きながら布団に入った。
あれ以来、護国寺には行っていない。
あの時「やっぱりサチが好きやねん」なんて言えるほど自分に正直じゃなかったし、あれ以外に別れる言葉が思い浮かばなかった。
当時は今よりももっともっと世間知らずで、あの時サチがどんな思いで将来を考えていたかなんて想像もできなかったし、それに気付くまでずいぶん時間がかかった。
未来への希望に溢れていたサチの笑顔、寂しい思いで歩いた地下道、サチを信じ続けられなかった自分に対する失望。もう一度言いたい「ごめんね」の言葉。
そういうものを置いてきた僕は、今でも時々、護国寺駅を思い浮かべる。
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