子なし論争に終止符。新浦安で生まれ育った私が、子どもの本当の価値を伝えたい
「子どもを持つか、持たないか。」
最近、このテーマでSNSがよく荒れている。
“こなし最高”
“子どもはコスパが悪い”
“自由なお金と時間がなくなる”
“子どもなんていなくても幸せ”
もちろん、それを否定するつもりはない。
人生は自由だ。
誰がどんな生き方を選んでもいい。
私は、本気でそう思っている。
でも――
その一方で、どうしても言いたいことがある。
それは、
「子どもを持つことの価値は、個人の幸福だけでは測れない」
ということだ。
そして私は、そのことを頭で学んだのではなく、新浦安という街で生まれ育ったからこそ、身体で知っている。
今日は、その話をしたい。
⸻
新浦安という、ちょっと変わった街
新浦安。
この街を知らない人からすると、
「ディズニーの近くの綺麗な街」
「海が近い街」
「タワマンが多い街」
そんなイメージかもしれない。
もちろん、それも間違っていない。
でも、そこで生まれ育った私からすると、新浦安の本質はそこじゃない。
新浦安の本質は、
“子どもを育てるために設計された街”
これに尽きる。
広い歩道。
整備された公園。
ベビーカーでも困らない道。
小学校、中学校へのアクセス。
犯罪の少なさ。
地域イベント。
見守り文化。
どこを見ても、「家族」が中心にある。
言い方は少し極端かもしれないけれど、
この街は、単身者に優しい街ではない。
実際、一人暮らし向けの分譲マンションはほとんどない。
賃貸も多くはない。
住めないことはない。
でも、“住みやすいか”と言われたら、正直違う。
なぜか。
答えはシンプルだ。
この街は、最初から“家族が住む前提”でできているからだ。
⸻
子どもが多い街は、空気が違う
私は、それが当たり前だと思って育った。
朝になれば、小学生たちの声が聞こえる。
夕方になれば、公園には子どもたちがいる。
お母さんたちが立ち話をしている。
お父さんが休日にキャッチボールをしている。
おじいちゃん、おばあちゃんがベンチで微笑んでいる。
これが、私にとっての“普通”だった。
でも大人になって、いろんな街を見て、いろんな会社で働いて、初めて気づいた。
これは当たり前じゃなかった。
むしろ、とても貴重なことだった。
子どもが多い街というのは、ただ子どもが多いだけじゃない。
そこには、
* 親がいる
* 祖父母がいる
* 地域の大人がいる
* 若者がいる
つまり、
全世代が自然につながっている。
これが街に、圧倒的な明るさを生む。
⸻
子どもは「コスト」ではなく、「未来そのもの」
最近、よく聞く。
「子どもはお金がかかる」
「自由がなくなる」
「人生のコスパが悪い」
確かに、その通りだ。
否定はしない。
実際、子育ては大変だ。
睡眠不足にもなる。
お金もかかる。
予定通りにいかない。
夫婦喧嘩だってある。
でも――
それでも私は思う。
子どもはコストじゃない。
子どもは、
未来そのものだ。
⸻
子どもがいなくなった社会で、何が起きるのか
ここは少し厳しい話をする。
もし、みんなが「こなしが楽」「自分だけ幸せならいい」となったら、社会はどうなるのか。
答えは、もう日本のあちこちで起きている。
日本では、
* 保育士不足
* 医療従事者不足
* 介護人材不足
* 地方インフラの維持困難
* 学校統廃合
* 商店街の消滅
* 公共交通の縮小
こうしたことが現実になっている。
なぜか。
シンプルだ。
次の世代がいないから。
インフラは、勝手には残らない。
病院も。
学校も。
電車も。
道路も。
地域文化も。
全部、“人”が受け継いで初めて残る。
つまり、
子どもがいなければ、未来は続かない。
これは感情論じゃない。
構造の話だ。
⸻
こなしの人を否定したいわけじゃない
ここは誤解してほしくない。
私は、子どもがいない人を否定したいわけじゃない。
事情もある。
価値観もある。
人生設計もある。
それは尊重されるべきだ。
本当にそう思う。
でも――
一つだけ、知っていてほしい。
今、安心して暮らせている社会。
便利なインフラ。
病院。
学校。
道路。
物流。
治安。
それは全部、
誰かが子どもを育て、次の世代をつないできた結果だ。
ここだけは、忘れてはいけないと思う。
⸻
私はいま、3人の子どもに囲まれて暮らしている
いまの私は、3人の子どもに囲まれて暮らしている。
正直、楽ではない。
毎日バタバタだ。
自分の時間なんて、ほとんどない。
でも、不思議なことがある。
疲れているのに、
なぜか、幸せなのだ。
子どもの笑顔。
くだらない会話。
寝顔。
成長。
失敗。
挑戦。
その全部が、
自分一人では絶対に味わえなかった感情をくれる。
これは、お金では買えない。
地位でもない。
ブランドでもない。
株でもない。
本当に、そう思う。
⸻
なぜ若者は新浦安に惹かれるのか
新浦安のベイエリア。
あの景色に惹かれる若者は多い。
でも私は思う。
みんなが惹かれているのは、景色だけじゃない。
本当は、
“そこに流れている空気”
に惹かれているんじゃないか。
子どもの声。
家族の笑顔。
安心感。
清潔感。
治安の良さ。
優しさ。
未来がある街特有の空気。
人は、本能的にそれを感じ取る。
だから、惹かれる。
⸻
もし、少しでも素直な気持ちが残っているなら
もし、いま、
「子どもなんていらない」
「面倒くさい」
「自由がなくなる」
そう思っている人がいたとしても。
もし心のどこかに、
少しでも素直な気持ちが残っているなら。
一度だけ、考えてみてほしい。
自分が子どもの頃、どんな大人に支えられてきたのか。
どんな街で守られてきたのか。
どんな未来を、受け取ってきたのか。
そして――
自分は、次に何を残していくのか。
答えは、人それぞれでいい。
でも、その問いから逃げないこと。
それだけでも、社会は少しずつ変わっていくと思う。
⸻
最後に
私は新浦安で生まれ育った。
子どもが街を明るくすることを、当たり前のように見てきた。
大人も。
子どもも。
おじいちゃんも。
おばあちゃんも。
みんなが笑顔になる街を見てきた。
だからこそ、私は胸を張って言える。
子どもは、コストじゃない。
子どもは、未来そのものだ。
そして、
未来を残せる人は、やっぱり強い。
こなし論争に、そろそろ終止符を。
大事なのは、勝ち負けじゃない。
“何を次の世代に残すか”
その視点だけは、忘れたくない。
