【1話読切】『一切れのチーズケーキ』ピンボケの幸福論5(動画朗読有)
おすすめ‼️‼️
一切れのチーズケーキ(動画)
本編(テキスト)
こちらもじんわりきます↓
赤い鳥と、4人でつついたチーズケーキ。
あかい鳥のマークが、夜の空にぽっかり浮かんでいる。
あの頃のぼくにとって、「すかいらーく」の看板は、レストランというよりも、なにか「キラキラした異世界への入口」みたいに見えていました。
お金持ちの親戚が、そこでステーキを食べて、食後にコーヒーを飲む。
そんな話をきくだけで、物語のページをめくるようにワクワクしたものです。
ある日、その親戚から「奢ってやるよ」なんて誘いがきたとき、ぼくの家はちょっとした舞踏会に行くような騒ぎになりました。
ぼくらにできる、せいいっぱいのオシャレ。
ぼくは床屋で「テクノカット」にして、でも着ていく服がないから、サッカークラブの新品のジャージ。お母さんは、気合の入った手編みのセーターなんだけど、左の袖だけが妙に長い。
ちぐはぐで、かっこ悪くて、でも、なんだか泣けるくらい真剣な「正装」でした。
白い息を吐きながら、空き地で待っていました。
でも、待てど暮らせど、主役の車は来ないんです。
しびれを切らして、お店の革張りのソファに座ったとき、店員さんから告げられたのは「来られなくなった」という言葉でした。
お金も時間もあるのに、些細なことで喧嘩をして、バラバラになってしまう親戚たち。
「あいつらは、個性が強いからなぁ」
お父さんは、怒るでもなく、面白がるようにそう笑っていました。なんでもないことみたいに。
でも、そのあとです。
お父さんが、ちょっとだけ大きな声を出したのは。
「ステーキと、チーズケーキだろ!」
お母さんが遠慮して「子供たちだけ…」と言いかけたのを、遮るように注文したんです。
それは、見栄っ張りな父の意地だったのか、それとも、このちぐはぐな家族を守ろうとする、不器用な父性だったのか。
テーブルに届いたのは、お父さん専用のステーキが一皿と、4人で分けるチーズケーキがひとつ。
お父さんは黙ってステーキを切り分け、ぼくたちの口に放り込んでくれました。
お肉は嫌いだからと笑うお母さんのコーヒーに、お父さんが砂糖を入れて、カチャカチャと混ぜてあげる。
その音が、なんだかとても優しく響きました。
たったひとつのチーズケーキを、4本のフォークでつつく。
金はないし、オシャレでもないし、約束も破られた。
客観的に見れば「残念な夜」だったのかもしれません。
でも、「おいしいね」と言い合える誰かが、すぐ隣に座っている。
カチャカチャとお皿が鳴るたびに、バラバラになりがちな世界の中で、ぼくたち家族だけが、ひとつの温かい塊になっている気がしました。
40年経った今でも、すかいらーくの看板を見ると、胸の奥がじんわりと熱くなります。
あの夜、なにもかもが揃っていたはずの親戚たちは、きっとバラバラで寂しかった。
足りないものだらけだったぼくたちは、あんなにも「家族」だった。
幸福っていうのは、テーブルの上に並んだ料理の数じゃなくて、それを囲む空気の中にあるものなんですね。
あのとき食べた、ひとかけらのチーズケーキの甘さを、ぼくは一生忘れないと思います。
もうソウ太郎
