【1話読切】「方向音痴でいいじゃない」登校拒否した朝、母がくれたピント外れな救い【ピンボケの幸福論4】
Eテレ&note「#一言で表せない感動」受賞作『ピンボケの幸福論』のアナザーストーリーです。受賞作の裏側にある、中学生時代の記憶を綴りました。
中学の卒業文集は、私にとって“開けたくない箱”だった。
だけど、その箱の中に――
「迷ったまま生きていい」という、生涯の地図が隠れていた。
部屋の片隅から、埃をかぶった中学校の卒業文集が出てきた。
それは私にとって、今も“開けてはいけない箱”だった。
表紙を見ただけで、胃のあたりがずしりと重くなる。
あの頃の記憶はセピア色ではなく、もっと濁ったドブネズミ色だ。
ゴミ袋へ放り込もうとした手が、ふと止まる。
――最後に一度だけ、あの日々を睨みつけてやろう。
そう思ってページをめくった。
私の作文のタイトルは『方向音痴』だった。
当時の私は、マンモス校の教室の隅で、息を潜めるように生きていた。
そこでは「真面目」が嘲笑され、「ふざける」が美学だった。
授業を真剣に聞く生徒はバカにされ、掃除をサボらない生徒は浮いていた。
漫画やテレビの真似をして“不良ごっこ”に精を出す同級生たち。
「世界が正確に見えていないのは、あいつらの方だ」
そう思いながらも、テストの点が悪いと蔑まれ、不気味な同調圧力と、
逃げ場のない教室の中で、私は自分の正しささえ見失いかけていた。
そんな私の聖域は、父に買ってもらった重低音が響くCDラジカセの前だった。
みんなが流行りのポップスを聴く中で、
私が夢中になっていたのは『たま』だった。
アルバム『さんだる』は、再生しすぎて擦り切れそうだった。
「なんだそれ」と鼻で笑う連中のその声よりも、
あの奇妙で、切なくて、どこか懐かしい独特な世界観だけが、
私を肯定してくれているように思えた。
ある朝、私は布団からどうしても出られなくなった。
学校へ行きたくない。
このまま布団の海に沈んで消えてしまいたい。
不器用な自分が情けなくて、枕が涙で濡れていく。
そこへ母が入ってきた。
怒られると思った。
励まされるとも思った。
けれど母は、布団に沈む私を見下ろして、
拍子抜けするほど明るい声で言った。
「中学校に行って、あんたは『たま』の『方向音痴』が好きになったじゃない。
世界が広がってるんだから、いいじゃない…」
…時が止まった気がした。
母の言葉はいつだって少しピントがズレている。
でも、そのズレた隙間から差し込む光は、妙に温かい。
学校なんてクソ食らえだと思っていた。
けれど、そこで私は確かに『方向音痴』という曲に出会い、
自分の世界を見つけたのだ。
「方向音痴でいいのか」
ふと、心が軽くなった。
みんなと同じ方向へ行こうとするから苦しいのだ。
私は私の地図を持って――
堂々と迷子になればいい。
私はその日、布団から這い出し、卒業までを“方向音痴”のまま走った。
嘲笑う声は相変わらず聞こえていたけれど、
私の耳にはもう、CDラジカセから流れる自由な音楽が鳴り響いていた。
文集を閉じる。
あの頃の私が、拙い文字で綴った「方向音痴」の宣言。
それは今読むと、不器用な人間が生きにくい世界で懸命に記した、
私だけの幸福論のプロローグだったのかもしれない。
ゴミ袋に入れるのはやめた。
このボロボロの地図も、今の私をつくる大切な1ページだ。
迷いながらでも、私はここまで来たのだから。
もうソウ太郎


noteコンクール受賞作品
『ピンボケの幸福論』解説あり
