見出し画像

noteは遊び場だと思っていたのに、つい履歴書を書いてしまう元旦の話。

元旦の朝って、
どうしてあんなに「正しさ」が元気なんでしょうね。

SNSをひらくと、
新年の抱負がずらっと並んでいます。

どれもこれも、よくできている。

清潔で、前向きで、ちゃんとしている。

noteも、気がつけば、
「人生の攻略本」を書く人が
たくさん集まる場所でした。

毎日投稿は、やめたほうがいい。
AIは使え。でも、最後は血を通せ。
読者の時間を奪うな。役に立て。

なるほど。
たしかに、どれも正しい。

でも、
正しさって、
そろうと、ちょっと息苦しい。

「自分らしく」と言いながら、
いちばん無難な「自分らしさ」の
ひな形が配られている感じもします。

じゃあ、ぼくはどうかというと。

毎日、気分まかせで、
長かったり、短かったり、
ときどき何を書いているのか
自分でもよくわからない文章を
ぽん、と置いているだけです。

役に立つ知恵も、
便利なライフハックも、
たぶん、入っていません。

消費期限の書いていない、
ナマモノみたいな文章です。

それなのに、
なぜか、
「見えない検閲官」の目が
気になってしまう。

「すみません、中身なくて」
って、
誰にも言われていないのに、
心の中で先に謝ってしまう。

不思議ですよね。

自由帳みたいな場所にまで、
いつの間にか
「生産性」という物差しを
持ち込んでしまっている。


ぼくたちは、
遊び場に来たはずなのに、
履歴書をカバンから出してしまう

でも、
そんなタイムラインを
ぼんやり眺めていると、
ときどき、
ふっと力の抜けた投稿に出会います。

誰に向けたわけでもなさそうな、
ただ「ここに在った」
それだけの記録。

評価も、承認も、
あまり気にしていない感じの言葉。

そういう文章に、
ぼくは、つい
「スキ」を押してしまう。

くくく…おもろいわ 
と、
心の中でつぶやきながら。

攻略法なんて、
知らなくてもいい。

軸なんて、
あとから、
ゆっくり曲がっていけばいい。

せめて、この元旦の朝くらいは。
マニュアルの正解より、
自分の手元にある
ちょっと不揃いな感覚を、
信じていたいな、と思います。 

🌱草の根クリエイター
もうソウ太郎

Eテレ&noteコラボ企画受賞作品『ピンボケの幸福論』

『もうソウ太郎』の自己紹介!

いいなと思ったら応援しよう!