見出し画像

実は『ひらやすみ』の奥にあった、廃棄された「自分」の顔を29年後に掘り起こした奇妙な話。

NHKの夜ドラ『ひらやすみ』を、何気なく観ていた。

めっちゃ癒される

すると画面の端に、ふっと、見覚えのある空間が映った。

    あ。

声になる前に、心臓の奥が小さく反応した。

29年前、僕が通っていた美大の校舎だった。

懐かしい建物

それだけのはずなのに、
記憶の底に沈めていた「重たいもの」が、ゆっくり浮かび上がってきた。



僕は、卒業制作で「顔」を作った。

顔を巨大化

当時の僕にとって、それはほとんど通過儀礼だった。

テーマは、「自我の膨張」。

僕が作ったのは、
巨大な、人の「顔」だった。

モデルは特別な誰かじゃない。
地方から出てきた、
どこにでもいる、若い男の顔。

つまり、僕自身だ。

自己愛ではないが嫌いでもない

発泡スチロールを削り、
ペンキを塗り込み、
輪郭を整えながら、

「普通」であることから、必死に逃げようとしていた。

この顔は、
内側から、どんどん膨らむ。

自意識で、自己顕示欲で、
「自分は特別だ」という願望で。

そして最後には、
耐えきれなくなって、破裂する。

炸裂した卒業制作
スーパーミラクル桃尻ファイヤー

救いはない。
成長もしない。
ただ、壊れて終わる。

桃尻ファイヤー

今思えば、
若さ特有の「自意識」という猛毒を、
そのまま物質に変換しただけの作品だった。

✴︎✴︎

誰にも見られず終わった。
※大雪で客足が極端に少なかった

講評会では、ブリーフ一枚で作品を壊す(すでに壊れていたが)パフォーマンスをやったが色んな意味で寒がられた。(痛い)

卒制 さよなら自分 2001年2月

評価も、話題も、影響力もない。

巨大だったはずの「顔」は、
役目を終えた途端、
ただの「GOMI」になった。

文字通り、
僕の自我は、ゴミ捨て場に運ばれた。

あれほど「自分」を詰め込んだのに、
世界は、何も変わらなかった。

✴︎✴︎

「脳化社会」で勝手に破裂しただけ。
※養老孟司(参)

結局、自爆。

当時の僕は
「ああすれば、こうなる」という
分かりやすい成功ルートを信じすぎて、勝手に限界を迎えただけなのだと思う。

「小さな喜び」や
「何でもない日常」を、
僕はただの「負け」だと思っていた。

黒部コラーレにて展示
(2000年8月)

だから、
自分を巨大化させるしかなかった。

◇◇

何も起こらなかった、その後。

卒業制作のあと、
僕の人生に、劇的な出来事は起こらなかった。

大成功も、大逆転もない。

ただ、
仕事をして、
家庭を持ち、
日常が続いていった。

それは、
あの巨大な顔が、
一番、拒否していた未来だ。

アーティストにならないのか?
それともアーティストになれない?


✴︎✴︎

廃棄された自分へ

今でも僕は、
自分を少し冷めた目で眺めてしまう。

「ああ、また自意識が膨らみかけてるな」

なんて。

でも、それでいいのだと思う。

あの巨大な顔が、
誰にも記憶されず、
何の意味も残さなかったからこそ、

今の僕は、
「何でもない日常」を、
ちゃんと生きていられる。

いいじゃない『日常』
黒部コラーレ2000年8月

『ひらやすみ』の背景に映った母校を見て、
心が温かくなったのは、

あの破裂した顔も、
あの廃棄された自分も、
まるごと含めて
「それでよかった」と
言われた気がしたからだ。

✴︎✴︎

もし、
あなたの過去にも
「今思い出すと、少し痛い作品」や
「黒歴史みたいな自分」がいるなら、

たぶん、それは
ちゃんと生きてきた証拠です。

巨大じゃなくていい。
意味なんてなくていい。

膨らんで、
壊れて、
残らなかったものたちが、
今の私たちを支えている。

『創造の門』と呼んでいた懐かしの門


🌱草の根クリエイター
もうソウ太郎


これが『美大物語‼️』

どこかで見た『謎のオブジェ』

『ピンボケの幸福論』
話題沸騰中‼️

YouTubeもうソウ太郎の世界

いいなと思ったら応援しよう!