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源頼光とは 史実から伝説まで

noteを自己紹介文書いてそれだけで終わらせてた件について大変猛省しております、はい。高校生活とこういうブログの両立難しすぎでしょ。
前回の自分で書いた記事見たんですけどね。

これから使っていくかは分かりませんが、このnoteという

ツールはとても便利なものに覚えるので更新していくかもしれないです。

また以前の二の舞いにならないように…

https://note.com/witty_hosta376/n/n4dbbcbd22f9d

なんて書いてるんですよ。ふざけるな、見事に放りだしてるじゃないか!(笑)
で、前回はなんかスマブラメインの自己紹介みたいな感じだったんですが今回は僕の本領発揮、ということで日本史、その中でも妖怪伝説について記していこうと思ってます。自分の最近調べてる情報や思考を整理する為の様なものでもあるので読みにくいところがあるとは思いますがお付き合いいただければ嬉しいです。

源頼光

源頼光 今回の主人公

はい、ドン。今回取り上げるのはこの人です。
その名も源頼光
名前を聞いたことがある人も多いと思います。今ではソシャゲなどで目にしないことが無いくらい有名な人だと思います。あれ?言い過ぎ?
とにかく、彼が有名な理由は彼が打ち立てた伝説の数々。彼は四天王と言われる部下を率いて様々な妖怪を退治してきました。たとえば酒呑童子、たとえば土蜘蛛、ほかにも鬼童丸、茨木童子などなど…彼が退治してきた化け物は日本の偉人の中で一番多く、強く、知名度が高いものばかりです。それこそ酒呑童子とかソシャゲに引っ張りだこの妖怪じゃないでしょうか。
あ、妖怪ウォッチ3のだるまっ塔で酒呑童子を友達にしようと3時間くらい粘っていたときのこと思い出しました(笑)

禁断の果実が有能すぎた妖怪ウォッチ3スキヤキでの思い出

それはさておき、そんな妖怪たちを倒してきた、妖怪退治士とも言える彼は一体どんな人物だったのでしょうか。ちょっと見ていきましょう。


経歴 〜家族編〜

彼が生まれた年は2つ説があります。948年説と954年説の2つです。いずれにしても時代は平安末期。殆どの文献では948年説が取られているようですが創作物においては後者の954年説が多い気がします。
父親は源満仲。多田源氏と呼ばれる武士の軍団を組織した源氏の棟梁です。弟には20歳離れて源頼信がいます。彼は河内源氏を組織したことで有名で、子孫には鎌倉幕府を開いた源頼朝がいます。

清和源氏家系図 弟の頼信から広がる河内源氏が後々本流となります


さて、今、彼の親戚について話しましたがまずまず源氏とは何なのでしょうか。
一般的に知られている源氏は源頼朝の一族、所謂清和(河内)源氏と呼ばれるものですが、それ以外にも嵯峨源氏、多田源氏、河内源氏、摂津源氏、などなど、源氏にも色々種類があります。
ここでは細かな説明は省きますが、清和源氏は清和天皇の孫が臣籍降下(皇籍を捨てて家臣になること)して源の姓を賜った一族、嵯峨源氏も嵯峨天皇から同じ様にして分別した一族と見ていただければ大丈夫です。そして多田源氏、河内源氏、摂津源氏というのは清和源氏の一族がそれぞれの地で組織した軍隊の総称という見方で構いません(厳密には違うけれど)。
多田源氏を組織したのは先程話した通り源満仲、河内源氏も先程通り源頼信、摂津源氏を組織したのは、そう、ここで出てくるのが源頼光です。

摂津源氏系図。有名なのが頼光の息子の頼国とその子孫の頼政くらいしかいない…

高校の教科書では源頼光が登場するのは摂津源氏を組織したことただそれだけ。弟と父、そして祖父の源経基(清和源氏の始祖)はもうちょい出番がありますが…
ということで彼の経歴を詳しく見ていきましょう。

経歴 〜頼光の生涯〜

948年(ここではこの説を採用します)、満仲の長男として頼光は生まれました。祖父の経基は清和源氏の始祖として、清和源氏の孫として莫大な財産を保有し、父の満仲も源氏一族の頭領として各地の国司を遙任していました。なのでまあ金持ち。平安における大富豪です。
なのでその息子である頼光も父から様々な国の国司を任じられる様になります。備前守、但馬守、美濃守、摂津守などなど、その数総勢17とも言われます。ただし、彼の若年期の経歴はよく分かっていません。ただ、各地の受領を務めて財を蓄えていたことは確定でしょう。
986年、寛和の変によって花山天皇が失脚し、後一条天皇が即位した時、彼は皇太子、居貞親王(後の三条天皇)の内政を取り締まる春宮権大進に任じられます。この役職は従六位上からなることが出来る職業。つまり、うーん位はそんな高くない!しかも春宮大進、つまり権官です。権官とは定員の人数を超えて任命される役職。名前だけの役職ということになります。

左端にある春宮坊。これが春宮大進が所属する役職です。平安末期には太政官の下に入っています

は?何故?

これには理由があります。それは彼は武士であるということ。当時の武士は朝廷での位は高くありませんでした。頼光の従六位でさえ武士の中で見れば高い方です。
武士なんて帝の警護でもしてりゃそれで十分。位なんかなくたっていいだろう、みたいな考え方が当時あったのかはわかりませんがまあそういうことです。

頼光はまだ貴族とは言えない従六位に位置していました。

どっちにしろ、彼は各地の国司(受領)を務めて莫大な財産を稼いでいたので朝廷での地位などそこまで気にしていなかったでしょう。どのくらいお金持ちだったか。藤原道長の父親、兼家が二条に屋敷を新築した際に馬を30頭贈っています。30頭。馬は当時の車です。値段も現在の車と同じくらいでしょう。それを30頭。…え?何こいつ。

そんな頼光くんの生涯が変わるのは990年。その兼家の葬儀でのことです。

古今著聞集』によると、その時ある事件が起こりましたが兼家の息子の藤原道長は全く動じず、その姿に感銘を受けた頼光は彼に従うことを決意します。道長もこれを快く受け入れ頼光は彼の側近にまでなります。
どうやって取り入ったのかって?知らんけどその莫大な財産で贈り物だったり壮大な催しでもしたんでしょう。知らんけど。因みに兼家の葬儀でどんな事件があったかは触れられていません。残念。

その後は道長の位が上がるにつれて彼もトントン拍子で出世。官位は正四位(中級貴族クラス、従三位から閣僚クラスに匹敵する)にまで行き、朝廷を守護する「朝家の守護」とまで呼ばれることになります。頼光は朝廷には欠かせない存在となっていきました。この正四位は当時武士がなることの出来る最高のランクで頼光は武士として最高の地位に就いたことになります(父親も弟も弟の子(頼義)も孫(義家)も正四位に任じられてることから当時の源氏の強大さが分かります)。
国司としての仕事も上々。摂津守に任じられた後は摂津源氏と呼ばれる武士団を作ります。その名の通り摂津国で彼の子孫は発展していくのですが、その子孫には以仁王の挙兵に賛同して平清盛に戦いを挑んだ源頼政、南北朝の動乱で豪傑として名を挙げた土岐頼遠、江戸城を築城し、享徳の乱で活躍した太田道灌、そして織田信長を本能寺で追い詰めて殺した明智光秀などがいます(というか調べてみて有名どこはこいつ等ぐらいしかおらん)。
1021年、摂津守に任じられた翌年に死去。74歳でした。彼の人生は大成功そのものと言っても過言では無いでしょう。ただ、見方を変えれば史実の頼光は普通の平安貴族と暮らしは何ら変わりなく、冒険に満ち溢れた生活をしていたわけではないのです。

頼光伝説① 酒呑童子

酒顛(呑)童子 作者 鳥山石燕

995年。頼光が道長に仕えるようになってから5年後。都では貴族や町人が忽然と消え失せる事件が起き、更には道長の長兄であり関白の道隆が病死、その後を継いで関白になった道兼もすぐに病死するということまで起こりました。(勿論。人が忽然と消え失せる事なんか起きません。事実では995年、大きな疫病が流行り(天然痘か)多くの人々が死に絶えたといいます。納言以上の役職のものは7人も亡くなり、納言以下従四位以上のものでも8人も亡くなったというのです)不吉に感じた道長がかの有名な陰陽師、安倍晴明に占わせるとそれは大江山に住む鬼、酒呑童子が多数の人々を攫って食べているといいます。なんとしてでも倒さねばならない。そこで抜擢されたのが源頼光と道長四天王と呼ばれる四人の武士のうちの一人、藤原保昌です。
ここで藤原保昌について紹介しておきましょうか。
彼は頼光の妖怪退治友達。以上です(おい)。奥さんは歌人の和泉式部。彼女の「あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな」という句はよく知られています(まあ百人一首だし)。
彼の逸話に有名なものがあります。宇治拾遺物語に収録されている物語です。

ある夜、袴垂という盗賊が良い身なりをして笛を吹く貴人を見つけた。袴垂は貴人から着物を剥ぎ取ろうと暫く尾行した。やがてしびれを切らした袴垂は刀を抜いて保昌に飛びかかろうとしたところ、彼は突然振り返って「誰だ」と問いかけた。袴垂は彼の圧に萎縮してしまって、「どの様な者だ」とか「何をしようとしていたか」など全てに正直に答えてしまう。すると保昌は袴垂を家につれていき錦の着物を与えたのだ。そして保昌は「相手がどの様な心の持ち主であるかもわからないのに物を盗ろうとするな」と言ったのだという(めっちゃ要約。めっちゃ意訳)。

保昌の衣服を剥ぎ取ろうと虎視眈々と狙う袴垂。作者 月岡芳年

因みにこの物語は高校生の古典の教科書の一番最初の長文に採用されています。授業で触れたことがある人も居るのでは?
この袴垂と呼ばれる男は後世、保昌の弟である大盗賊、藤原保輔と混同されて袴垂保輔と呼ばれることになります。因みに藤原保輔は日本で一番最初に切腹した人物と言われています(全くいらねえ豆知識)。
あ、この袴垂という盗賊はまた後で出てきますので覚えておいてくださいね。

何はともあれ酒呑童子ですね。
道長からの命令を受けた頼光と保昌は大江山に行くことを決意します。同行したのは頼光四天王と呼ばれる家臣。それぞれ渡辺綱、碓井貞光、卜部季武、坂田金時。彼らの素性については後日また記事を書くとして、渡辺綱と坂田金時は有名でしょう。渡辺綱は羅城門の鬼退治の英雄として、坂田金時は童話の金太郎が成長した姿として語られています。

どんちゃん騒ぎの頼光四天王。作者 月岡芳年

彼らは山伏の格好をして酒呑童子の屋敷に訪れ、一泊とめて欲しいと尋ねる。酒呑童子はこれを受け入れ、肉(人間の肉)や水(人間の血)を用意して沢山の鬼たちと共に彼らをもてなすことにした。頼光たちは躊躇なくこれを食べて飲み、鬼たちの警戒が薄れてきた頃に頼光は酒を取り出した。これは天下一番の酒だ、というと鬼たちは目の色を変えて酒を飲み干した。しかし、これが頼光の作戦だった。この酒は鬼だけに毒の効果をもたらす毒酒。すぐに鬼たちは眠りこけ、酒呑童子も同様に寝てしまう。
元の武士の姿に戻った頼光たちは酒呑童子の自室にて彼の首を切り落とし、見事勝利を収める。都に帰った彼らは盛大な祝福を受けるのだった。

頼光たちと酒呑童子 作者 月岡芳年

以上が酒呑童子の物語の概略です。色々端折りました。本当は大江山の道中にて老人たちに出会って酒や山伏の衣装を貰ったり、その老人たちが実は神様であったりと色々な事が起こります。御伽草子に載るこの話は、世間的には童話金太郎の続編として知られています(主人公頼光だけど)。

酒呑童子を討ち取ろうとする場面。酒呑童子が鬼の姿になろうとしている。作者 歌川国芳

酒呑童子は日本に伝わる三大妖怪の一人として知られており、3mくらいの巨人として描かれていることが多いです。最後は頼光たちによって毒酒を飲まされて眠っている間に首をはねられてしまうのですが、その執念は凄まじく、なんと生首の状態となっても頼光の兜にかぶり付きます。

首を切られた後も頼光に噛みつく酒呑童子。酒呑童子絵巻より

まあ、でも兜にかぶり付いている途中に四天王の一人渡辺綱に目を潰され絶命してしまいますが。敢え無い最後ですが、彼の副将である茨木童子と彼の子供である鬼童丸がその後も頼光達の前に立ちはだかることになります。
なお、酒呑童子の首を切り落とした頼光の刀は「血吸」と呼ばれるものでしたが、これを機に「童子切安綱」と改名されました。その後は永禄の変にて足利義輝が最期の戦いで使用したり秀吉の手に渡って徳川家に伝わり…今では日本を代表する5本の刀、「天下五剣」として名を馳せています。

東京国立博物館所蔵 童子切安綱 作者 大原安綱

頼光伝説② 土蜘蛛

土蜘蛛。本来は蝦夷とか熊襲とか隼人とかと用例は同じで大王に仕えなかった豪族たちを示す言葉でした。
妖怪として登場するのは平安から。当時は山蜘蛛とも呼ばれていました。鬼の顔に虎の胴体、蜘蛛の手足と何かのキメラかそれとも鵺か!?みたいなキショい外見をしています。元祖軍のイケメン大将?はて、知りませんな。

鬼の顔に虎の胴体、蜘蛛の手足…ああ、なんてキモいんだ 土蜘蛛草紙より

この蜘蛛を倒したのも頼光です。
その日、頼光は体を壊していました。風邪と思って就寝していると枕元に僧侶が現れます。始めはお見舞いに来たと言った僧侶ですが頼光は彼から妖気を感じ取り、僧侶を斬りつけます。すると僧侶は蜘蛛の姿を現し血を流しながら屋敷から出ていきました。

僧侶に化けた土蜘蛛に斬りかかる頼光。 作者 月岡芳年

翌日、頼光と四天王は血の跡を追って土蜘蛛が逃げ込んだ北野天満宮に辿り着きます。その塚に四尺もの大きさの蜘蛛が潜んでおり、頼光たちはこれと戦って見事勝利を収めます。

頼光と四天王に退治される土蜘蛛。作者 春亭

これは平家物語、剣巻の中に収録されているストーリーです。多分これが一番有名な土蜘蛛の物語かと。能の演目にも採用され、長く日本人から愛されている妖怪です。
僧侶に化けた土蜘蛛を斬りつける際に使用されたのが父親、源満仲からの家宝、「膝丸」。後に「蜘蛛切」と呼ばれるようになります。この刀は源義経の手にも渡って愛刀となり、「薄緑」とも呼ばれました。

大覚寺所蔵 蜘蛛切

因みに、土蜘蛛事件の時の頼光が病床に臥せっている絵がとても有名です。頼光が布団にくるまって辛そうにしているその前で碁をのんびりと打つ四天王たち。その後ろで無数の妖怪達が蠢いています。そして頼光の後ろには大きな蜘蛛が邪悪な笑いを携えています。

源頼光公館土蜘蛛作妖怪図 作 歌川国芳

この絵は描かれた当時、大きな反響を呼びました。この絵が描かれた時代は江戸時代末期。水野忠邦による天保の改革の真っ最中。天保の改革は人返し令、上知令、株仲間の解散、贅沢禁止などその政策は国民にはとても不評でした(彼が老中を辞めた後も彼の家に沢山の石が投げつけれたとか)。
この絵はその天保の改革を悪いように風刺した絵だというのです。
頼光は当時の将軍に喩えられ、四天王は見て見ぬふりをする老中、後ろの妖怪達は不満に思う民衆を表しているといいます。
当時、飛ぶように絵が売れたため、遂に幕府が発売を禁止する羽目にまでなっています。

このようにして社会現象を起こした土蜘蛛。そういえば前から気になってたんですけど妖怪ウォッチ、元祖軍土蜘蛛に対して本家軍大蝦蟇ってなんか大蝦蟇側少し格が小さすぎない?と思うのは私だけでしょうか。私だけですね、はい。

こんな歌舞伎かぶれの妖怪、僕知らない()

頼光伝説③ 鬼童丸

鬼童丸 作者 歌川国芳

酒呑童子を倒した頼光一行。そんな彼らの前に立ちはだかったのが酒呑童子の息子、鬼童丸です。しかし、初登場早々、鬼童丸は頼光の弟、頼信の屋敷に囚えられてしまっています(初登場がそんなんでいいんか)。
たまたま通りかかって頼信の屋敷に泊まることにした頼光は厠に囚えられている鬼童丸を見て「不用心だ、もっとキツく鎖で縛れ」とか言って何事もなかったかのように過ごします(どっちが不用心だ)。
さて、就寝の時間。囚えられながらも復讐のために頼光が来ることをずっと待っていた鬼童丸は寝ている頼光の部屋に忍び込みます(鎖は普通に自分で切った)。しかし、流石の頼光。鬼童丸の気配に勘づきます。自分の気配を勘付かれたことに勘付いた(ややこしい)鬼童丸は何もせずに去っていきます。
次の日、頼光は四天王たちに「鞍馬に行って鞍馬寺で参拝する」と言い出します。鬼童丸はこれを聞き先回りして殺した牛の体内に隠れて待ち伏せます。

牛の体内に隠れる鬼童丸 作者 鳥山石燕

しかし、またもや見抜かれて破れかぶれで体内から飛び出して彼らを襲いますが頼光の一刀の元に倒されてしまいます。

なんたる無様なヤラレ役なんでしょう。酒呑童子の息子のくせに。
みんなそう思ったのか、鬼童丸が活躍(?)する作品が江戸時代半ばに出来上がりました。その名も滝沢馬琴の「四天王剿盗異録」。頼光と四天王たちの活躍を書いた長編小説です。滝沢馬琴といえば、結城合戦から話を広げたファンタジー小説「南総里見八犬伝」や、源為朝が沖縄の尚氏の先祖という伝説に基づいて書かれた「椿説弓張月」などが有名ですが、その他にも色々作品を書いています。そのうちの一つがこの「四天王剿盗異録」です。

滝沢馬琴 四天王剿盗異録
日本語訳が探しても探しても無いんだ

さて、この物語、剿盗(滅ぼして盗む)と書いてあるとおりラスボスは先程も登場した袴垂保輔です。
ある時、藤原致忠(藤原保昌の父親)のもとに男子が生まれました。保輔と名付けられたその子は致忠が天慶の乱で助けた女性から生まれましたが、彼女は平将門の家臣の妻で助けられた時、既に赤ん坊を身ごもっていたのだ!という衝撃の事実が語られます。つまり、藤原保輔は実は平将門の家臣の子で、致忠はそうとは知らず自分の子として認識した、ということです(トンデモ展開)。
保輔はその事実を成長していく途中で聞き、ひねくれてひねくれて盗みと殺しに走るようになります。袴垂と改名して破壊してる途中、陰陽師芦屋道満に出会い妖術を習いますが、その蘆屋道満も習った妖術で殺すと、自分だけの国を作るために破壊活動に勤しむようになってしまう、というそんな話です。で、それを食い止めるために頼光たちが活躍するのです。

鬼童丸はこの作品で洞窟において袴垂と妖術合戦を繰り広げる場面があります。

妖術合戦をする鬼童丸と袴垂 作者 歌川芳艶

元々の伝説とは比べ物にならないほど強そう(本当に強いのかは置いといて)になっています。
そういえば四天王剿盗異録といえばこの絵も有名ですね。

妖術で頼光達を惑わす袴垂 作者 歌川芳艶

こちらは頼光一行に出会った袴垂が妖術で大蛇と子熊を作り出して戦わせ、頼光たちがこの戦いを観戦している間に荷物を盗ろうと画策している場面になります。
そんな凄い妖術で荷物狙うだけのちゃちい泥棒ってどうなんすか。袴垂さん。

終わりに

頼光たちの妖怪譚、他にも探せば色々出てきそうですが今回は有名どこを3つほどあげました。しかし、本来の頼光は清和源氏の嫡流として普通の貴族生活を送っています。では何故こんな冒険譚が作られたのでしょうか。
それは頼光の財力と郎党の多さが理由でしょう。金があれば部下を雇える。その部下が豪傑揃いで当時の滝口武者の中でも一目置かれていたから。だからこの様な物語が作られたのでしょうね。

大河ドラマ「光る君」ではこれから頼光くんは出てくるでしょうか。出番が少し楽しみです。
さて、次回は頼光四天王の素性について追っていきたいと思っています(投げ出さなければ)。ご精読有難うございました!

型月世界にてまさかの女体化。なにゆえ。

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