「ギャル男王国」は全部伸びしろである【即席思想】
マモルは、
五十歳だった。
地味に働き、
地味に疲れ、
地味に自分を納得させながら、
ここまで来た。
若いころ、
渋谷のチーマーも、
ギャル男も、
遠くからは知っていた。
知っていたが、
混ざらなかった。
混ざらないことで、
自分を守っていた。
ある夜、
マモルは理由もなく
渋谷を歩いていた。
センター街の入口で、
ふと足が止まった。
あの頃、
自分はこっち側には来なかった。
そう思った瞬間、
街の音が少し変わった。
三軒並んだたこ焼き屋。
中古のレコードショップ。
ロン毛の男たち。
ブーツとミニスカ。
ハンバーガーショップの前で、
プリクラを交換している女子高生と名物おじさん。
路肩で、
何を売っているのかわからない外国人。
低いベース音。
香水。
笑い声。
気づくと、
マモルは知らない王国に入っていた。
ギャル男王国である。
⸻
「マモルじゃん」
獅子のカシラみたいな金髪の男が、
いきなり肩を組んできた。
「知り合いですか」
「いや、
友達っしょ」
「いつから」
ギャル男は、
少し目を細めた。
「なにそれ?
新しいギャグ?」
そして、
大きく笑った。
「ウケるw」
男の名は、
アゲル。
ギャル男王国の案内人だった。
「今日ちょい暗くね?」
「暗いというか、
人生が」
「人生のコンディション悪い日じゃんw」
「そんな言い方ありますか」
「あるっしょ。
友達なんだから」
マモルは、
返事に困った。
困っているうちに、
王国の住人たちが集まってきた。
「マモル久々じゃん」
「ちょい渋くなった?」
「てか、
五十年目のギャル男じゃん」
「ギャル男ではないです」
アゲルは、
首をかしげた。
「今日はね」
⸻
マモルは、
センター街の奥へ連れていかれた。
店でもない。
クラブでもない。
ただ、
少し明るすぎる路地だった。
アゲルは、
よくわからない小さい茶色い瓶を、
うまそうに飲みながら聞いた。
「で、
何へこんでんの」
「後悔が多いんです」
「最高じゃん」
「最高ではないです」
「デコパーツ多いってことじゃんw」
「デコパーツ」
「失敗も、
遠回りも、
やらかしもさ」
アゲルは、
マモルの胸元を指さした。
「全部、
最高のデコパーツじゃん」
「そんな軽いものでは」
「まだ貼ってないから重いんじゃね?」
マモルは、
黙った。
「若いころに、
もっといろいろ
挑戦しておけばよかったと思うんです」
「でかいパーツ来たw」
「でかいパーツ」
「それ、
真ん中に置いたら一気に映えるやつ」
「映える」
「うん。
あんたっていうモデル、
五十年かけてフルカスタムしてきたんしょ」
「フルカスタム」
「一点モノじゃん」
アゲルは、
まぶしそうにマモルを見た。
「チョーカッケェじゃん」
マモルは、少しだけ腹が立った。
勝手なラベルを貼るな。
そう思った瞬間、
目の前の金髪に、
ラベルを貼り付けている自分に気づいた。
マモルは、
言葉を飲み込んだ。
完全には、
拒めなかった。
⸻
「私は、
ずっと内側に潜ってきたんです」
マモルは言った。
「真理とか、
答えとか、
そういうものがあると思って」
「深海系じゃんw」
「深海系」
「レアじゃん」
「レアではありません」
「でも、
ずっと潜ってたんでしょ」
「はい」
「じゃあ低音たまってんじゃん」
「低音」
「静かなやつほど、
鳴ったら腹に来るから」
マモルは、
言葉を失った。
「私は、
美意識を大事にしてきたんです」
「いいじゃん」
「でも、
それを盾にしていたのかもしれない」
アゲルは、
少しだけ真顔になった。
「盾にしてたんだ」
「たぶん」
「デコじゃなくて?」
「デコ」
「美意識って、
盾にすると重いけど、
貼ったら光るっしょw」
「そんな簡単に」
「簡単にしないと、
持てなくない?」
マモルは、
何も言えなかった。
⸻
王国の奥では、
何人かのギャル男が踊っていた。
うまいのか、
下手なのかはわからなかった。
ただ、
全員が今の自分を
一回も疑っていないように見えた。
「踊れってことですか」
マモルは聞いた。
アゲルは笑った。
「踊れたら踊れば?」
「踊れなかったら」
「踊れなかった日じゃん」
「それだけですか」
「それだけっしょ」
マモルは、
拍子抜けした。
アゲルは、
続けた。
「踊れる日も、
踊れない日も、
どっちもマモルじゃん」
「でも、
もう五十歳です」
「うん」
「もう遅い気がします」
「逆に激アツw」
「逆に」
「五十年分の前フリ終わったってことじゃん」
「前フリ」
「伝説の始まりじゃんw」
「始まり」
「全部、
伸びしろじゃん」
マモルは、
思わず笑ってしまった。
笑ったことに、
自分で少し驚いた。
⸻
これが──
ギャル男全肯定理論
(Positive Vibes Theory™)
人は、
終わっている者と、
始まっている者に分かれるのではない。
いや、
分かれるのかもしれない。
そこは正直、
よくわからない。
ただ、
ギャル男王国では、
終わっているように見えるものほど、
だいたい始まりにされる。
後悔は、
デコパーツ。
静寂は、
低音。
やらかしは、
ラメ。
遠回りは、
フルカスタム。
何もできなかった日は、
溜め。
五十歳は、
伝説の始まり。
たぶん、
そういうことなんじゃないか。
知らんけどw
⸻
気づくと、
マモルはセンター街の入口に立っていた。
周囲には、
いつもの渋谷があった。
呼び込みの声。
スマホを見ながら歩く人。
信号待ちの列。
少し湿った夜の空気。
さっきまで、
何かすごく大事なことを
考えていた気がした。
デコパーツ。
フルカスタム。
重低音。
伝説の始まり。
そんな感覚だけが、
頭の中に少し残っていた。
でも、
どこを歩いてきたのかは、
もう思い出せなかった。
ただ、
スマホのメモには、
一行だけ残っていた。
「全部、伸びしろ」
マモルは、
しばらくそれを見ていた。
そして、
何もわからないまま、
駅のほうへ歩き出した。
⸻
翌朝。
マモルは、
いつもより五分だけ早く家を出た。
【創作大賞2026 応募作品集】
