天冠なしでは成仏できない
終電ギリギリの帰り道、駅の階段で白い布を拾った。三角巾と、妙に大きな白い服。広げてみると、どこかで見たことがある。
これはたぶん…死装束だ。
「ああ…やばいな…」
思わず声が出た。周りに人はいない。
落とし主を探そうにも、こんな時間に交番に届けるのも気が引ける。そもそも、「幽霊の服が落ちてました」とでも言うのか?あらぬ疑いをかけられて電車に乗り遅れたらどうする?
だからと言って見て見ぬふりもできない。
というか、嫌な直感だが、これを落としたのはたぶん「幽霊」だ。そんな気がする。
すでに手に取ってしまった。映画とかでよく見るデスゲームの始まりは大体こんな感じだ。なんか視線を感じる気もするし、寒気もしてきた。
交番に行けば、電車に乗り遅れる。
置いて帰ったら呪われる。
「まあ……」
とりあえずカバンに入れて持ち帰った。
家で改めて見ても、やっぱり死装束だ。
Googleレンズによると、この三角のやつは
「天冠」というらしい。なんとも仰々しい名前だ。
恐怖を和らげるため「三角巾」と呼ぶことにする。
でも、どういう事だ?これが落ちてるってことは裸?裸の幽霊?なんで脱いだの?しかも駅で…
ネットで調べても「幽霊の落とし物の対処法」なんて出てこない。お寺に持っていく?でも何て説明すればいいんだ。「拾いました」で通じるのか。
とにかく頭の中が「???」で一杯だ。
とりあえず今日は寝て、明日また考えよう。
当たり前だが、怖くて眠れなかった。
次の日、また同じ駅を通った。すると階段の下に、ぼんやりと白い影が座っていた。
心の中では「でたー!」と叫んでいたが、どう見てもあれだ。もう、やるしかない。
「あの… 落とし物ですか?」
恐る恐る声をかけると、影がゆっくりとこちらを向いた。女性だった。しっかり透けているけど。
「あ、それです」
予想外にしっかりした声で、彼女は嬉しそうに答えた。
「お葬式の帰りに落としちゃって。ずっと探してました」
「お葬式…ご自分の?」
「はい。これがないと、なんかダメみたいで」
そうは言うが、目の前の彼女は同じ死装束を着ている。これは、どういうことだろう。
「その、今着てるのは?」
「これは着てるっていうか、なんて言うんですかね?そういうものっていうか、だいたいほら、こういう体ですから、脱いでも着てるっていうか、着る概念がないというか…ね、変ですよね」
「あ、いや、すみません。変なこと聞いちゃって」
「いえ…」
「あの、無事に成仏できそうですか?」
「たぶん大丈夫です。これさえあれば」
にこりと笑って、彼女は服を受け取った。透けた手が、ちゃんと布に触れている。
「本当にありがとうございました。助かりました」
「どういたしまして」
「あ、助かったって言っても、助かってはないんですけどね」
「ああ…ですよね。なんか…すいません」
少し間があって、彼女がふと呟いた。
「あの、変なこと聞いていいですか?」
「どうぞ。もう十分変な状況なので」
「私、こんなになっちゃって、たぶん幽霊だと思うんですけど、怖くないですか?」
意外な質問に、私は少し考えた。
「最初は怖かったです。でも、今は…普通に話してる感じですね」
「そうですか。良かった」
彼女はほっとしたように笑った。透けているのに、その表情はとても人間らしかった。
「成仏するの、寂しくないですか?」
今度は私が変なことを聞いた。彼女は少し考えて答えた。
「寂しいというか、まだなにか、大事なことを忘れてるような気がして… でも、こうして優しい人に会えたから、もういいかなって思えました」
「じゃあ、行きますね」
そう言って、彼女の姿が少しずつ薄くなっていく。私は慌てて叫んだ。
「成仏してください!」
「考えたことなかったけど、それいい言葉ですね」
彼女は最後まで笑顔で、ふわりと消えていった。
「成仏できますように」手を合わせて見送った。
幽霊の落とし物を拾って、普通に会話をした。
それに、とってもいい人だった。
怖がる必要なんかなかったんだ。
家に帰ってカバンを開けた。
「ああ…やばいな…」
三角巾を返し忘れていた。
彼女の言葉が頭を過ぎる。
「大事なこと忘れてるって…」
その夜、ひどい金縛りにあった。
目が覚めると、頭に三角巾が丁寧に巻いてある。
「ねえ、どういう意味?」
「持って来いってこと?」
私は苦笑いしながら、今日もまた駅の階段に向かう。
