足軽フットウェア:社員転売疑惑調査報告書と、ついでに人類滅亡
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
足軽フットウェア、世界的に有名なインフルエンサーが着用したことから、今、世界中で爆発的な人気を誇っている。
ASHIGARU FOOTWEAR アメリカ本社の人事部長、ジョンソン氏(52歳)は、ある新入社員の履歴書を前に頭を抱えていた。
その社員の名は、田中ケビン(27歳)。日系アメリカ人三世で、流暢な英語と日本語を操り、面接では「ASHIGARUの企業理念に深く共感しています」と涙ながらに語った好青年である。
しかし、入社からわずか3ヶ月後、ジョンソン氏のもとに匿名の内部告発メールが届いた。
「田中は転売目的で入社した。彼の目的はスニーカーだ」
ジョンソン氏は、最初この告発を一笑に付した。ASHIGARUの社員割引は確かに魅力的だが、それだけのために就職する人間がいるだろうか。しかし、人事部の調査チームが田中の行動を精査した結果、驚愕の事実が次々と明らかになった。
完璧すぎる田中
田中ケビンは、誰が見ても模範的な社員だった。
朝は誰よりも早く出社し、デスクには常にASHIGARUのスニーカーが整然と並べられている。会議では的確な意見を述べ、上司からの評価も高い。そして何より、彼は異常なほどスニーカーに詳しかった。
「この新作の足軽エアー、ソールの反発素材が従来比で12%向上していますね」
「限定カラーの足軽ロー、アジア市場での需要を考えると、生産数は抑えめにすべきかと」
会議での彼の発言は、常に鋭く、そして妙に具体的だった。しかし、それは単なる熱意ではなかった。田中の発言には、常に「市場価値」という視点が含まれていたのだ。
人事部の調査員、リサ(35歳・女性)は、田中の社員証の入退室記録を分析した。
「ジョンソンさん、見てください。田中は毎週水曜日の午後3時に、必ず社員ストアに立ち寄っています。滞在時間は平均27分。しかも、新作発売日には必ず有給を取得している」
「それだけでは証拠にならない。社員なら誰でもストアには行くだろう」
「では、これは」
リサは、田中の社員割引購入履歴を提示した。
入社3ヶ月で、購入総額は23万ドル。通常の社員の年間購入額の約40倍である。
転売の証拠
ジョンソン氏は、社内調査チームに極秘の監視任務を命じた。ターゲットは田中ケビン。その目的は、彼が本当に転売を行っているのか、物理的な証拠を掴むことだった。
調査員のマイク(40代・男性)は、田中の自宅アパート前に張り込んだ。そして、ある金曜日の夜、決定的な瞬間を目撃する。
田中の部屋から、次々と段ボール箱が運び出されたのだ。
箱には「FedEx」のラベルが貼られ、配送先は日本、中国、韓国、マレーシア、そしてヨーロッパ各国。マイクはその光景を、手が震えながら写真に収めた。
「本当にやってる… 本当に転売してる…」
だが、ここで問題が発生した。社員割引で購入した商品の転売は、社内規定違反ではあるが、法的には完全にグレーゾーンなのだ。ASHIGARUは田中を解雇できるが、彼を訴えることはできない。
ジョンソン氏は、頭を抱えた。
「つまり、我々は彼に給料を払いながら、彼が我々の商品を世界中に転売するのを、ただ見ているしかないのか」
ある月曜日の朝、ジョンソン氏は田中を人事部の個室に呼び出した。
テーブルを挟んで向かい合う二人。ジョンソン氏は、印刷した写真の山を静かにテーブルに置いた。田中の自宅から運び出される段ボール箱、社員ストアでの購入履歴、そして極めつけは、日本の転売サイトに出品された、明らかに田中が購入したものと一致するスニーカーのスクリーンショットだ。
「田中君、これを説明してもらおうか」
田中は、写真を一枚一枚、丁寧に眺めた。そして、驚くほど冷静な口調で答えた。
「ジョンソンさん、私はASHIGARUを愛しています」
「…何」
「本当です。だからこそ、私はここで働いている。そして、だからこそ、私はスニーカーを転売している」
ジョンソン氏は、一瞬言葉を失った。
田中は、真面目な顔で続けた。
「考えてみてください。限定スニーカーは、公式では一部の地域でしか手に入らない。しかし、世界中にASHIGARUを愛する人々がいる。彼らは、どれだけお金を払ってでも、そのスニーカーを手に入れたいと思っている。私は、彼らにその機会を提供しているんです」
「それは… 転売だろう」
「いえ、流通最適化です」
田中は、まるでプレゼンテーションをするかのように、淡々と語った。
「ASHIGARUの公式販売では、地理的・数量的な制約がある。私は、その制約を超えて、真に商品を必要とする人々に届けている。しかも、私は社員です。つまり、私はASHIGARUの内部にいながら、ASHIGARUのブランド価値を世界中に広めている。これは、むしろ貢献ではないでしょうか」
ジョンソン氏は、頭痛を覚えた。
社内裁判
田中の弁明は、人事部内で奇妙な議論を巻き起こした。
「確かに、彼は社内規定に違反している。だが、彼の言う『流通最適化』も、一理あるのではないか」
「冗談じゃない。彼は我々を利用しているだけだ」
「しかし、彼の購入額23万ドルは、社員ストアの月間売上の15%を占めている。彼を解雇すれば、売上が落ちる」
会議室は、賛成派と反対派で真っ二つに割れた。
そして、最終的にジョンソン氏は、ある提案をした。
「田中君、君に特別な任務を与える」
「…はい」
「君は、今後も社員割引でスニーカーを購入していい。ただし、条件がある。君が転売する際には、必ず購入者に『このスニーカーはASHIGARU社員から直接購入したものです』というメッセージを添えること。そして、販売価格の10%を、ASHIGARU本社の慈善基金に寄付すること」
田中は、少し考えてから、静かに頷いた。
「…承諾します」
こうして、田中ケビンは、ASHIGARU史上初の公認転売社員となった。
彼は今も、朝早く出社し、会議で的確な意見を述べ、そして毎週水曜日には社員ストアで大量のスニーカーを購入している。
そして夜、彼の部屋からは、今日も段ボール箱が世界中へと旅立っていく。
ある日、ジョンソン氏は、田中が発送した箱の一つに貼られたメモを見つけた。
「このスニーカーは、ASHIGARUを愛する社員から、ASHIGARUを愛するあなたへ」
ジョンソン氏は、深くため息をついた。
「これは… 美談なのか。それとも、ただの茶番なのか」
答えは誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは、田中ケビンの社員ストア月間購入額が、今月ついに30万ドルを突破したということだけである。
これが、ASHIGARU社員転売疑惑調査の、滑稽な結末である。
田中ケビン
それから2年後。
田中ケビンは、ASHIGARU本社のグローバルマーケティング部門のマネージャーに昇進した。彼が提案した「限定商品の段階的グローバル展開戦略」は、会社全体で採用され、年間売上を8%押し上げる成果を生んだ。
ジョンソン氏が、昇進祝いに田中のオフィスを訪れたとき、デスクの上には見慣れた段ボール箱が積まれていた。
「田中君… 君の戦略が評価されたようだね。というか君、まだ転売してるのか」
田中は、にっこりと笑って答えた。
「ええ。今は副業として、会社公認ですから」
そして彼は、真面目な顔でこう付け加えた。
「あ、そうそう。来月からadadisでも働き始めるんです。週末だけですけど」
ジョンソン氏は、二度見した。
「きみ、まさか?」
「はい、流通最適化です」
「うん…」
その夜、ジョンソン氏は疲れ果てて自宅のバルコニーに出た。田中ケビンという存在に、もう何も驚かないと思っていた。しかし、adadisでも働くという発言には、さすがに頭痛がした。
「あいつは一体、何足のスニーカーを転売すれば気が済むんだ…前にASHIGARUを愛していますとか言ってたよな。キムタクかよ」
ため息をつきながら夜空を見上げると、キラリ、キラリ、キラリと、無数の光が空を横切っていた。
「流星群か。綺麗だな。それにしても数が… 多すぎないか?」
光は増え続けた。100、200、500。もはや数えられない。
ジョンソン氏は、スマートフォンを取り出そうとしたが、その瞬間、空が真っ白に光った。
「あ、あかん」
その夜、地球は消滅した。
田中ケビンの「流通最適化理論」は、地球と共に消え去った。
彼が世界中に発送した段ボール箱も、受取人と共に宇宙の塵となった。
ASHIGARU本社の社員ストアに積まれていた限定スニーカーも、田中が次に購入する予定だったadadis製品も、全て消滅した。
いつか、別の知的生命体が地球の痕跡を調査したとき、こう記録するだろう。
「この惑星には、『転売』という概念があったようだ。そして、それを『流通最適化』と呼ぶ者がいた。しかし、彼らは宇宙規模の流通網を構築する前に、隕石によって在庫ごと一掃されたようだ。合掌」
田中ケビンの社員ストア月間購入額30万ドルという記録は、宇宙のどこかを漂うASHIGARU社の古いサーバーデータの中に、ひっそりと保存されている。
かもしれない。
終わり。

