こんな我が家です
私には、美容院で仕事をしていた叔母が
4人います。
1人は髪を切るのが好きで
1人は髪を巻くのが好きで
1人は頭皮マッサージが好きで
1人はお似合いの髪型を考えるのが好きで。
それぞれ、得意分野は違えど
長年、沢山の人を
綺麗にして喜んでもらえた瞬間の想い出を
なんどもなんども聞かされました。
(その話だけで、一冊の本が出来そうなのですが
それは、またの機会にして、話を戻しますね)
私の家は、昭和生まれです。
祖父が家を建てて
少しずつ、少しずつ
子供が増えると共に敷地を増やして
ひと部屋、ひと部屋
広げていきました。
昭和から平成になった頃
私の結婚を待たずに
祖父はこの世を去りました。
大往生でしたが、まだまだ大きな声で
笑って、怒って、元気でしたので
「なんで結婚式まで生きててくれんかったん」と
お別れの時、棺の祖父に言ってしまったほどでした。
4人の叔母が選んでくれた、私の花嫁衣装。
「その髪型もお似合いやわ」
「その着物もお似合いやで」
「新郎さんもお似合いやね」
「お似合い!お似合い!」
叔母バカのオンパレード。
ここに祖父がいなかったことが
やっぱり悲しくて、ずっと、心残りです。
祖父には8人の子がいまして
私の叔母と叔父なわけですが
女、女、女、女、男、男、男、男の順番で
祖母が出産。
ちなみに私の父親は5番目に生まれた長男。
そして、長男の父親だけが結婚をしました。
なので孫は私1人です。
計7人の叔父と叔母は
結婚しない人生を選んだのですが
その理由というのが、7人7色といいますか
それぞれがバラバラで
7人共になぜか納得させられる理由。
(ここを広げると、一冊の本が出来そうなので
いや、七冊の本が出来そうなので
またこれも、今度の機会とします)
私の結婚から令和になった今
叔母も叔父も当たり前だけど、高齢となった。
私しか見てあげられる人がいないのだから
それぞれに会いに行くのは大変なので
生まれ育った祖父の家に帰って来て
皆一緒に暮らそうよと呼びかけて
説得から5年の月日が流れたものの
父親、叔母、叔父の8人と
私達夫婦2人、計10人の生活。
無事スタート!
なかなか凄いでしょ。
父親だけでも、それなりに忙しいのにあと7人。間違いなく時間は取られる。
これはもう、仲良く暮らしてもらうしか
手段がない。
今はなんとか、8人がここに集結してくれたので
残りの人生、幸せに暮らしてもらいたく
それでいて、勿論、元気でいてもらわないと
困るので
私達夫婦は色々考えて、考えて、考えて、
考えた挙句、主人は
「8人兄弟姉妹 激動の人生」という
あまりひねりのないタイトルで
脚本を書くようになりました。
主人は脚本家でも、テレビ局勤務でもなく
そうやって、日常のちょっとした出来事を
歌詞を思いついたミュージシャンのように
サラサラ、サラサラと
台本のようにしてしまうのです。
芸人さんで言う、ネタになるわ!ってことですかね。
考えて、考えて、考えた挙句から
横道それてしまいました。
戻します。考えた挙句
私と主人の毎日のコーディネートを
叔母4人にお願いすることにしました。
私は家にいる生活なので、鏡を見て
テンションが少しでも上がる色合いの服を依頼。
主人は営業マンなので毎日スーツに
ネクタイですが、やっぱりテンション上がる
色合いの服で。
4人の叔母は脱線しながらも
あれこれ相談しながら日々過ごしてくれてます。
(父親と3人の叔父はというと
少し長くなりそうなので、この話も
また時を見てにしますね)
こんな、生活スタートダッシュの話を
聞いてくださりほんとうに有難うございました。
和気あいあいとした毎日がずっとずっと
続くよう頑張ります。
#モノカキングダム2025
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ありがとうございます。大事にします。