見出し画像

短編小説【雪催いの告白】第7話

沙羅が戻ってきたのは、俺が柏先生にマニュアルノートの解説をあらかた終えた頃だ。
温室前でノート片手に顔を突き合わせている様子を見て、一言。

「雨降って地固まる、ですね」

…それはどうだろう…。
感覚としては「固まる」ではなく「泥濘んでいる」なのだが。

「点検作業、もうじき終わりそうでしたよ」

そう言って沙羅は実験机に座った。柏先生に沙羅が戻って来たことを伝えると、再び目を細めて存在を確認しようとしている。

「…そろそろ鳴るかな?」

俺が呟いたのと、非常ベルが数秒なったのはほぼ同時だ。沙羅も柏先生も驚愕して反射的に俺にしがみつく。

「「ポルターガイスト…?」」

見事にハモった。

「違いますから2人とも落ち着いて。…点検が終わって通電が始まったんですよ」

この校舎は少し古いタイプの火災報知システムが導入されているらしく、停電復旧後の突進電流…ラッシュカレントによってベルが誤作動を起こすことがあるのだ。

「もう電気がつくんですか?」
「大丈夫だとは思うけど…ちょっと確認してきましょうか」

用務員さんを捕まえて…と思った矢先に、当の本人がコンセントの差し込み作業をするよう伝えに来てくれた。

「あれ、柏先生も出勤ですか?」
「わざわざ植物の様子を見に来てくれたんですよ。…おかげさまで今年も何とか乗り切れました」
「それはよかったです。今日は朝の除雪、助かりました。…春に植物の植替え作業をするようなら手伝うので声かけてください」
「ありがとうございます」

用務員さんは以前植替え用の鉢をこっそり準備してもらった経緯で懇意にしている。

俺は花壇や敷地内の植物とは縁を切れないこともあるし、敷地内整備を行う彼はこの時期の重機が入れない場所の除雪作業で人手が欲しいこともあって、お互い協力し合っている感じだ。

壁の照明スイッチに触れると、明るい光が理科室全体を照らした。

「…さて。抜いてあるコンセントを全部戻せばいつもの理科室に戻ります」
「手伝います。実験しましょう!」
「…実験?」
「乗り気だったから、例のミラクルフルーツを体験してもらおうと思って」
「え、まだ実はなってないですよ?レモンもないですよね…」

沙羅がもっともなことを口にする。さすがに今日は急な話なのでレモンはないが。

「別にレモンじゃなくてもいいんだよ」

冷蔵庫のコンセントを挿して、俺は中から無糖のプレーンヨーグルトを取り出して沙羅に見せた。

「今日はこれで代用」
「なんで冷蔵庫からヨーグルトが出てくるんですか」
「点検作業が長引きそうなら食べようと思って持ってきたんだ。ちなみに梅干しでも代用できる」
「…まさかとは思いますけど、梅干しも?」
「朝作った梅干し入りのおにぎりは俺の胸ポケットにカイロ代わりに入ってるけど、さすがにそこから出すのは気が引けるだろ」
「……用意周到すぎて言葉が出ません」
「それは褒め言葉として受け取っておく」

理科室と準備室の電気環境が整ったところで、2人を準備室の一角に呼んだ。

この理科準備室には通常の冷蔵庫とは別に、薬品や試料を保管するための専用冷凍庫、メディカルフリーザーがある。

通常の冷凍庫がだいたい−10℃〜−20℃くらいなのに対し、メディカルフリーザーは−30℃くらいの低い温度を保てるのだ。

「通常ミラクルフルーツが実をつけるのは、初夏から秋にかけてです。今年はバタバタしていたので、フレッシュな物を2年生に体験させてあげられていないのですが…」
「例年2年生に食べさせているんですか?」
「中だるみ防止の感覚ですね。一応アレルギーに関して事前通達はしてますよ」
「私、去年みんなから話を聞いていません」

柏先生の呟きに、沙羅はこう言い訳した。

「だって、上杉先生がみんなには内緒にしておくよう言ったじゃないですか」
「後輩には内緒にしろと言ったんだよ。先生に言うなとは言っていない」
「えぇ?」

まぁ…言わないでいてくれたおかげで、今年は食べた食べてないの論争が起きずに済んだわけだが。

一度咳払いして話を続ける。

「実はこの中に、今年採れたミラクルフルーツの実を冷凍してあります」
「冷凍保存できるものなんですか?」
「はい。家庭用冷凍庫だと、長くても1か月くらいしか保存できませんが、このメディカルフリーザーでは半年くらいの保存が可能なんです」

ちなみに遺伝子を扱う作業を行う施設では−80℃まで冷やせるディープフリーザーがある。これなら1年くらいの長期保存が可能だ。

「柏先生、アレルギーあります?」
「何もないですよ。どんとこいです」
「ちなみに無糖ヨーグルトも平気?」
「普段は加糖派です。ヨーグルトの酸味はあまり得意ではないので」

条件はバッチリじゃないか。

「…感動する様子しか想像できないですね」

沙羅も言いながら笑っている。

俺はフリーザーからアルミホイルで包んだミラクルフルーツの実を1つ取り出すと、柏先生の手に乗せた。


お読みいただきありがとうございます。
次回最終話です。

怒涛の文化祭、番外編「星に願いを」はこちらのマガジンで↓


本編「理科室の彼女」はこちらのマガジンで一気読みできます↓


いいなと思ったら応援しよう!