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仰角 俯角 直角

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あえて、京急ではなくシーサイドラインで空を大きく見ながらまいりました。雲のかたまりが遮るものなくポッカリと浮かび、ああ、金沢区ののどかさよ、と静かに無人電車にコトコト揺られました。

海の公園南口で降りて、キョロキョロ。あら、あのご夫婦もご一緒かしら、とちゃっかり後をついていこうとしたところ、あえなく逆方向へ進まれたので、道端の地図で確認。単純な道程でしたが、海の傍だからかその日がそうなのか、風が強く吹きすさんでおりまして、その大きな音を聞いているうちに心は薄ら寂しくなっていく。この感覚、嫌いじゃない。

人通りのない住宅街を、ヒューヒューゴウゴウと語りかけてくる強風とともに、進む。目指すは、文庫の前に、それを敷地内におさめる称名寺の赤門。北条氏一門の菩提寺です。

正面へと進んでいく途中に、冬の風にふさわしいたたずまいのこのような風景もありました。

そして、ああっ、こんなに寂びていただろうか、と驚いたのが仁王門。

門では、仁王像から見下ろされながら完全に目が合うような角度。他の寺院でここまで見つめ合う経験はありませんでした。
道を進み、色あせた赤い橋をしばし見つめる。枯れた日に、月日の経過を改めて振り返ることができました。確か30年ほど前の若き日に、来たことがありました。

池には鳥が憩っており、ただ静かなばかり。

弥勒菩薩の本尊にお詣りしようとすると、遠くにいた黒猫に声を掛けられ、猫好きが察知されたのか寄ってきてスリスリをくれました。

「浄土庭園」と呼ばれるこの庭は、春になれば別格の景色になるのかもしれません。しかし、冷たい風に目をしばたたかせながら参入したこの侘びて寂びた空間。強風の音。独り占めしながら静かに息づく生物を眺めているのも、わたくしにとっては心落ち着く、歳を重ねた自身を思う時間でありました。

仁王像を仰角で見上げ、生き物たちを俯角で見下ろし、いよいよ金沢文庫へ。こちらを訪れるのは初めてです。

このトンネルの先。壁面には、金沢八景の浮世絵が飾ってあります。

2月22日までの運慶特別展は、2階です。こちらの1階にある聖徳太子像や地蔵菩薩を前にして、おや、と感じました。
なんだろう。普通の展示と違う。
、、、

あ、向き合っている。顔を合わせている。像と。
わたくしはおよそ153cmのチビですから、日常でもほとんど世の中を見上げて生きている格好になります。
ましてや、宗教芸術品ならばますますで、もっと視線の高い方々に比べれば、通常はきっと像の顎を観ているに違いない、という角度です。ホントに。

けれども

こちらの仏像群とは、まるで会話の際のように、直角に目を合わせている。
あっ、これは、観賞ではないみたい。不思議。こんな表情、人相のひとと向かい合ったら、どんな話をしてしまうのか。

それは2階でも同じでした。階段を上がって見渡してすぐに、その空気感に気付きました。
中には、しゃがんで見上げていらっしゃる観覧者の方もいらっしゃったのは、おそらく、この視線のせいでしょう。
ちょっと面白い展示です。狙っているのか偶然なのかはかりかねますが、他館では体験できないと思います。
神仏に本当に対面したくなったら、神社仏閣よりもこちらの方がよろしいかもしれません。

無論、展示内容も重要文化財揃いで見ごたえがあります。そして、混んでない。
梵字に魅入り、鎌倉時代の写実的な造形とそのポーズ・仕草の美しさに見惚れ、やっぱりこんなに魅力的な相手と対話したら、自分は変わってしまうだろうなぁ、と想像。だって、真向いなのですもの。何を聞かれるだろう。何と答えるだろう。
これまでの30年の間、どう在っただろうか。
再訪に伴い、思いがけない渋い時間を過ごせました。

再び風の音を聞きながら、帰りは京急の金沢文庫駅へ。
だんだん街中の音に風の声が消されてきて、逆に寂しくなっていく。
まるで何かの儀式のような、自分の時間。

本日からは冬至も明けて、春を臨んでいくことになります。
臨む心が枯れないように、きちんと冬を過ごしきっていこうと感じた次第であります。









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