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生きることそのものが苦しくなるほど、失われる関係があります

「最近、自分が何を感じているのか分からなくなることがあります。」

相談に来られた方が、静かに話してくださいました。


仕事は続けています。

家事もしています。

外から見れば、これまでと変わらない暮らしです。

それでも、その方はこう続けられました。

「家にいても、気が休まることがないんです。」


ある日のことです。

連日の猛暑で、朝から部屋の中まで熱気がこもっていました。

仕事を始める前に部屋を少し冷やしておこうと思い、

クーラーを強めに入れたそうです。

すると、ご主人は電気代のことを口にしました。

考え方が違うことは、夫婦であれば決して珍しいことではありません。

そのことだけであれば、話し合うこともできたのかもしれません。

けれど、ご主人は自分の部屋へ戻ったあとも不満を口にし、

相談者の方にも聞こえる声で人格を傷つけるような言葉を発したそうです。


その瞬間、何も考えられなくなったと言います。

言葉が出てこない。

何を返せばいいのか分からない。

ただ、その場に立ち尽くしてしまったそうです。


私はそのお話を伺いながら、苦しかったのは、

その一言だけではなかったのだと思いました。

その出来事をきっかけに、

「また何か言われるかもしれない。」

そんな思いが心から離れなくなったからです。


暑くても我慢する。

疲れていても休みたいと言えない。

何かを決める時には、自分の気持ちより先に相手の反応を考えてしまう。

そうして少しずつ、

自分の思いをしまい込む暮らしになっていったそうです。


私はこれまで、多くの方のお話を伺ってきました。

その中で感じるのは、

人は安心できる関係を失うと、

生きることそのものが苦しくなるということです。


悲嘆というと、大切な人との死別を思い浮かべる方が多いかもしれません。

もちろん、それは人生の中でも大きな喪失です。

けれど私は、それだけではないと思っています。


安心して言葉を交わせなくなること。

自分の思いを飲み込むことが当たり前になってしまうこと。

家にいても心が休まらず、いつも緊張しながら過ごすようになること。

そうした変化もまた、人の心に深い悲しみを残します。


人は、人とのつながりの中で生きています。

だからこそ、信頼していた関係が揺らぐと、

日々の暮らしまで変わってしまいます。


食事をすること。

眠ること。

仕事へ向かうこと。

以前は何気なくできていたことが、

一つひとつ重たく感じられるようになります。


それでも周囲からは、

「気にしすぎじゃない?」

「そんなことで落ち込まなくても。」

と言われてしまうことがあります。

けれど、その苦しさは本人にしか分かりません。

安心して過ごせる場所を失うことは、

生きる土台が揺らぐことでもあるからです。


失われたのは、人との関係だけではありません。

安心して笑える時間。

自分らしくいられる場所。

思ったことを、そのまま言葉にできる日常。

そうした大切なものを失った時にも、人の心には深い悲しみが生まれます。


もし今、

生きることが以前よりずっと苦しく感じられている方がおられるなら、

その苦しさには理由があることを忘れないでください。

周囲には見えなくても、あなたが失ったものは確かにあります。

だからこそ、毎日の暮らしが重たく感じられることがあるのです。

私は、その苦しみもまた、

大切なものを失った時に生まれるグリーフの一つなのだと思っています。


死別だけが、人の心に悲嘆をもたらすのではありません。

安心して生きられる関係を失うこと。

自分らしく過ごせる日常を失うこと。

そうした喪失にも、人の心は深く傷つきます。


その悲しみもまた、大切なものを失った人の心に生まれる、

ごく自然なグリーフなのだと、私は思っています。

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