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悲しみとともに生きる365日 #008蝉の声を聞くと、あの夏を思い出す


朝、窓を開けると、どこからともなく蝉の声が聞こえてきます。

その音を耳にすると、私は父を想い出します。


夏休みになると、海へ連れて行ってくれました。

父の会社の方や、そのご家族と一緒に出かけることもあり、

子どもだった私は、

それが毎年当たり前のように続くものだと思っていました。


あの頃のことを思い返してみても、不思議なことがあります。

どこの海へ行ったのか。

何を食べたのか。

どんな遊びをしたのか。

そんな出来事は少しずつ曖昧になっているのに、

「父が連れて行ってくれた。」

そのことだけは、今もはっきりと心に残っているのです。


私にとって夏は、海の季節というより、父を想い出す季節になりました。

照りつける日差し。

少し湿った風。

青い空。

八月生まれの父の誕生日。

そして、力いっぱい鳴く蝉の声。

夏の景色に触れるたび、

父と過ごした時間が静かによみがえります。


想い出すのは、特別な出来事ではありません。

隣を歩いていた父の姿。

車を運転する横顔。

何気なく交わした会話。

そんな、ごく普通の日常です。


人の記憶は、出来事だけを残すのではないのかもしれません。

誰と過ごしたのか。

その人といると、どんな気持ちになれたのか。

そうしたぬくもりのほうが、長く心に残ることがあります。


これまで多くの方のお話を伺う中でも、

季節が巡るたびに、

大切な人を想い出すというお気持ちを何度も聞かせていただきました。

「蝉の声を聞くと、あの夏がよみがえります。」

「暑くなると、病院へ通っていた頃を思い出すんです。」

そんな言葉に触れるたび、

夏という季節には、それぞれの人生が重なっているのだと感じます。


以前の私は、父を想い出すたびに、これが悲しみなのだと思っていました。

けれど、今は少し違うように感じています。


悲しいから想い出すのではなく、

父と過ごした時間が、

今の私の中に生きているから想い出すのではないかと思うのです。


父はいなくなりました。

けれど、父と歩いた夏までなくなったわけではありません。

あの日、一緒に見た景色も、

聞いていた蝉の声も、

私の心の中で、今も静かに季節を巡っています。


だから、蝉の声を聞いて立ち止まる日があってもいい。

懐かしくなって、少し胸が熱くなる日があってもいい。

それは前に進めていないからではありません。


大切な人と重ねてきた時間が、

今もあなたの心の中で息づいているからです。


今年もまた、夏がやってきました。

蝉は去年と変わらないように鳴いています。

けれど、その声を受け止める私たちの心は、

一年ごとに少しずつ変わっていきます。


涙があふれる夏もあれば、

懐かしさに微笑める夏もあるでしょう。

そのどちらも間違いではありません。

季節は巡り、人は年を重ねます。

それでも、大切な人と過ごした夏は、

私たちの中から消えてしまうことはないのだと思います。


もし今日、蝉の声を聞いて、

誰かのことが心に浮かんだなら、その時間をどうか大切にしてください。


その人は、あなたの記憶の中だけではなく、

あなたが歩んできた人生の中で、

今も静かに寄り添い続けているのだと、

私は思っています。

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