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悲しみを測ろうとするから、自分を責めてしまう

命日を迎えて、

去年より涙が出た。

「私はまだ立ち直れていないのだろうか。」

と思ってしまうことがあります。

反対に、

去年は何も手につかなかったのに、

今年は普段どおりに過ごせたことで、

「悲しみが薄れてしまったのではないか。」

と戸惑う方もおられます。


そうしているうちに、

悲しいことよりも、

「私は変われていない。」

そんな思いのほうが、心を苦しくしてしまうことがあります。


私はこれまで、多くの方から悲しみのお話を伺ってきました。

その中で感じるのは、

涙が多い日もあれば、

穏やかに過ごせる日もあるということです。


命日が近づく頃になると、気持ちが落ち着かなくなる方がおられます。

故人が好きだった食べ物を見つけて、急に涙がこぼれる方もおられます。

街角で、よく一緒に聴いていた音楽が流れただけで、

その日一日、胸の奥が苦しくなることもあります。

そのたびに、

「また戻ってしまった。」

そう思ってしまう方は少なくありません。


けれど私は、

それは悲しみが戻ったのではないと思っています。

その日に、

大切な人を思い出す出来事があった。

ただ、それだけなのです。


私自身も、母を見送り、義母を見送り、愛犬との別れを経験しました。

今でも母の夢を見ることがあります。

六月になると、義母や愛犬を思い出す時間が自然と増えます。

涙が出る日もあります。

懐かしい気持ちで写真を眺められる日もあります。

どちらの日も、私にとっては大切な時間です。

悲しみが増えたとも、減ったとも思いません。

その日に、その人を思った。

私には、それだけのことのように感じています。


悲しみには、

同じ日が続くわけではありません。

季節が変わることで心が揺れる日もあります。

思い出の場所を訪れた時。

好きだった花を見つけた時。

何気ない会話の中で名前を耳にした時。

その人との時間が、ふと心によみがえることがあります。


だからといって、

昨日まで積み重ねてきた時間がなくなるわけではありません。

それなのに私たちは、

「去年より泣いてしまった。」

「前より苦しくなっている。」

そんなふうに、

昨日までの自分と比べてしまうことがあります。

けれど、

大切な人を思う気持ちそのものは、

変わっていないのではないかと、私は思っています。


思い出して涙が出る日もあれば、

笑顔で思い出せる日もあります。

違うのは、

その日、その時の心の動きだけなのだと思います。


もし今日、涙があふれたとしても、

それは、その人を大切に思う気持ちが

あふれた時間だったのかもしれません。

穏やかに過ごせる日があったとしても、

その人を大切に思う気持ちまで、

小さくなったわけではありません。


だから、

昨日の自分や、一年前の自分と比べなくてもいいのだと、

私は思っています。


涙の量は、

その日によって変わるかもしれません。


けれど、

あなたが大切な人を思う気持ちは、

今日も、あの日と変わらず、

あなたの中にあるのですから。

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