見出し画像

夫婦なのに、ひとりで暮らしているように感じる夜

同じ家にいるのに、

ふと、ひとりで暮らしているように感じる夜があります。


相手は隣の部屋にいる。

食事も一緒にする。

必要な会話もある。

けれど、自分の気持ちを話すことは、いつの間にか少なくなっていく。


今日あった出来事を話したいと思っても、

「どうせ興味はないだろう」

そんな思いが先に浮かび、言葉を飲み込んでしまう。


やがて会話は、

「ご飯は?」

「明日の予定は?」

そんな確認だけになっていきます。


夫婦なのだから、一緒に暮らしているだけで寂しくない。

そう思われることがあります。

けれど実際には、

誰より近くにいる人と心が通わないことほど、

深い孤独を感じることはないのかもしれません。


私はこれまで、死別だけではなく、

夫婦関係に悩む方のお話も伺ってきました。


その中で、何度も耳にしてきた言葉があります。

「家の中に居場所がないんです。」


帰宅しても安心できない。

話したいことがあっても話せない。

体調が悪くても気づいてもらえない。

同じ空間で暮らしていても、心は遠く離れたまま。


そんな毎日が続くと、

自分の存在まで小さくなってしまったように感じることがあります。


夫婦の孤独は、外からは見えません。

離婚したわけでもない。

別居しているわけでもない。

二人で外を歩いていると、

「いつも仲が良いわね。」

と声をかけられることもあります。

周囲から見れば、ごく普通の夫婦に映るのでしょう。


だからこそ、

「こんなことで苦しいなんて。」

そう思って、自分の気持ちまで押し込めてしまう方も少なくありません。


けれど、その苦しさは決して小さなものではありません。

一番安心したい相手との間に距離を感じ続けることは、

心に静かな負担を積み重ねていきます。


私は、その孤独もまた、

大切な関係の中で生まれた悲しみのひとつだと思っています。

悲しみというと、

多くの人は、大切な人との死別を思い浮かべます。

けれど、人は関係が変わってしまった時にも悲しみを感じます。


以前のように話せなくなった。

笑い合う時間が減ってしまった。

安心して気持ちを打ち明けられなくなった。

そうした変化は、目には見えません。

それでも、心は確かに傷ついています。


夫婦だからといって、

いつも同じ気持ちでいられるわけではありません。

長い年月の中で、少しずつすれ違うこともあります。


生活に追われ、お互いを気遣う余裕を失う時期もあるでしょう。

だからといって、

その寂しさを、「たいしたことではない」と思わなくてもいいのです。


「寂しい。」

「わかってほしかった。」

「本当は話を聞いてほしい。」

その気持ちは、決してわがままではありません。

大切な人だからこそ、生まれてくる自然な思いです。


もし今、

夫婦なのにひとりで暮らしているような夜を過ごしているなら、

どうか、その寂しさを「たいしたことではない」と片づけないでください。

夫婦の中で抱える寂しさは、

誰にも気づかれないまま過ぎていくことがあります。


だからこそ、

自分でも「このくらい我慢しよう」と思ってしまうのかもしれません。


私は、その寂しさもまた、大切な関係の中で生まれた悲しみのひとつだと思っています。

だから、一人で抱え続けなくてもいい。

ありのままの気持ちを話せる場所が、

どこかにあってもいいのではないかと、私は思っています。

いいなと思ったら応援しよう!

しなこ よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!