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【道行き2-3】

【第二章『車』-3】

「車もレコードと一緒なのかもしれないな~」のぼるがつぶやきく。
「どういうこと?」カウンターに腰掛け、コーヒーカップを両手で包むように持って茉由まゆは聞いた。

「多機能で誰にでも扱いやすい『CD』が市場に出たとき、手間がかかり取り扱いも神経を使うレコードは市場から姿を消した。だが、わかる奴にはわかっていた。CDはレコードの代わりにはなれない、デジタルとアナログは全く違うものだということがね」
 昇は、ターンテーブルにレコードを乗せながら話し続ける。
「ただ、音を出したいだけならCDとミニコンポで十分だろう。今は音のいいCDもたくさん出ているし、操作もリモコンひとつで全部できるからとっても便利だ」
 レコードを乗せたターンテーブルがゆっくり回転を始めた。カートリッジを慎重にレコードの溝に落とす。パチパチと小さな雑音の後で、ピアノソロがスピーカーから流れ始めた。

「音楽は一番優れているのがライブ、次がレコードだな」
「レコードもCDも同じに聴こえるけど、ライブが一番はなんとなくわかる」
「音楽を聴くというのは、音符を聞いてる訳じゃないし、音を聞いている訳でもない。何て言うかな、演奏者は歓びや哀しみ、痛み、焦り、絶望または祈り、そして歓喜や悲観、希望などの心の叫びや嘆き、または喜びや愛を、自分の声や楽器を通して表現している。音楽を聴くということは、演奏者のそうした心を聴くということだ」
「ちょっと大げさなんじゃない、そういうのって。でも、言いたいことはわかるわ」
「レコードは演奏者が奏でた演奏を、ダイレクトに閉じ込める。だけど CDはそうじゃない。一度デジタル信号に変換してから記録して保存される。デジタル信号に変換する時、変換しきれずに切り捨てられたものがある。計測器には現れることのない音の欠片たちだ。そんなデジタルに変換できなかった埃のようなものの中に、演奏者の心が宿っている。私はそんなふうに思っている」
「そんなのって、普通の人には聞き分けられないわ」
「聞きわけるんじゃない、感じるんだ。だからそれをいち早く感じ取ったのは、リスナーではなくミュージシャンだったはずだ。何故なら、自分の演奏をありのままリスナーに届けたいと願ったミュージシャンほど、レコード音源に戻っている」
「でも、どうでもいい演奏をコンピューターでつなぎ合わせて形を整えて、それを知ったような顔でレコードにしている連中の方が多いと思うな、私は」
「なぜかな…… どんな世界にも、偽物ははばかる。大衆受けして人気が出るのも、なぜか偽物が多い。だが、そんな中にも本物は必ずいる。そして歴史に残り、人の心に記憶として残り続けるのは本物だけだ」
「そんなもんかなぁ」
「私はそう思っている」
「でも、それと車がどう一緒なの」
「自動化って、デジタル化ってことだろう。一緒じゃないか」
「そうなのかな。でも、車は安全になるんだからいいんじゃない。下手くそばっかり走っているんだもの、危なくてしかたないわ」
「そうだな。だが、私は好きじゃない」
「お父さんの好みと、時代の要求は違うってことよ」
「時代の要求なのか? そうじゃなくて、誰かの利益の要求だろう」
「またそんなふうに言う。偏屈じじいになってきたわよ、歳ね」
「残念ながら、まだじじいじゃない。孫もまだいないしな」
「頼りの一人娘は、出戻りしたって」
「ああ、残念なことに孫はお預けだ」
「孫だけなら、すぐにも作ってあげるわよ」
「おい、そんな相手がいるのか!」
「残念ながらまだいないわ、冗談よ」
「驚かすんじゃない」
「驚くことも必要よ、ボケないためにね。コーヒーごちそうさま」
 いたずらっぽく微笑んで、茉由は自宅に続くドアを開けた。

 翌朝、茉由は夢の中で戦っていた。小さな手足がついたラジカセが、茉由の枕元で踊りながら盛大に音楽を流している。

「うるさい! ぶっ壊すぞ!」

 怒鳴りながらラジカセを掴もうとする茉由の手を、その小さな手と足を器用に動かして、ラジカセはすり抜けていく。何度目かの格闘の後、「はっ!」として茉由は飛び起きた。時間は朝の四時を過ぎ、スマホは最大音量で目覚ましの音楽を流している。

「ありがとう、素晴らしい目覚めだわ。自分がスマホだったことを喜びなさい。ラジカセだったら、あなたはもう生きていないわ」
 そんなことを茉由に言われる筋合いなどスマホにはないのだが……

 隆夫たかおの自宅までは、原チャを飛ばせば十分程度で行ける。「朝は交通量が少なく、信号も点滅しているはずだから、もう二・三分は短縮できるだろう」そう考えながら茉由は着替えをし、出かける身支度を整えた。

 そうこうしている内に時計は四時半を過ぎた。
「こりゃヤバい、遅刻だ!」急いで外に飛び出し、玄関脇に停めてある原チャを引きずり出してエンジンをかける。まるでヤンチャな高校生が、遅刻でもしそうな勢いで茉由は原チャを走らせた。
 途中の販売機でコーヒーを買う。「ブラック、微糖、それとも?」と、茉由は一瞬迷ったが「時間がない、男はみんなブラックだ」ということにして、暖かいブラックコーヒーを三本買い懐に入れた。
「温かい! 元気でた」独り言を言いながら、モーレツなスピードで隆夫の自宅に滑り込む。時刻は五時五分前、車庫が開けられ隆夫が例の車を出していた。暖気運転のためだろう、エンジンは静かにアイドリングを続けている。

「間に合った」茉由はそう思うと同時に、体の力が抜けるようにヘナヘナと椅子に腰かけた。

「ちゃんと起きてきたんだ、なかなか来ないから、また寝坊だと思ってたよ」
「エヘヘ、寝坊はしたけどギリギリセーフ!」
 茉由は懐から缶コーヒーを三本出して、一本を隆夫に渡すと、もう一本は作業台に置き「これは隆夫の兄貴のね」と言った。
「お、気がきくじゃん」隆夫は嬉しそうに微笑みコーヒーを飲む。茉由もコーヒーを一口飲んだ時、うしろから男の声がした。

「なんだか楽しそうだね。お邪魔ならすぐ帰るよ」
「あ、昌夫まさおさん、おはようございます」隆夫が照れくさそうに挨拶した。
「おはようございます」昌夫と呼ばれた男も、きちんと頭を下げて隆夫に挨拶した。
「あ、おはようございます」最後に茉由が向き直って、昌夫に挨拶した。のだが……

「え! あなたは」
「あれ、あなたは下月しもつきさん? でしたっけ」
「なんであなたがここに? まさか昌夫さんって」
「改めまして、八雲 昌夫やぐも まさおです。よろしく」
 八雲が自分の名前を名乗ったのだが、茉由は八雲の顔を見つめながら、呆然と立ち尽くしていた。
「なんだ茉由、昌夫さんと知り合いだったのか?」
「知り合いっていうか、コンビニのお客さんなのよ」
 そう隆夫に聞かれ、茉由は恋人に浮気現場を押さえられたように、おどおどした返事を返した。
「気にしないで隆夫君。私はただのコンビニの客、君の恋人の浮気相手じゃないよ」
「え! 恋人じゃないですよ。ただの友だち、同級生。そう、同級生なんです」
「そうです。同級生なんです、私たち。ねぇ隆夫」
 隆夫と茉由、どちらの返事もどぎまぎしていた。
「そうですか」とだけ答えて、クスクスと笑いながら男は車に近づいた。

 コンビニで、特殊詐欺に遭いそうになった女性を、茉由と一緒に助けたあの八雲が、隆夫のいう「年の離れた兄貴」、昌夫だったのだ。この偶然は、コンビニの客と店員というつながりしかなかった二人を、新しい糸でつないだ 。

   ーー続くーー




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