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【 ストレイシープ プロローグ 】

 嘘については、いろいろな考え方があるようだ。

「人間が言葉を覚えることは、嘘を覚えることでもある」というようなことを言ったのは誰だったろうか。どうもこの頃物覚えが悪く、調べてみたものの分からなかった。だが、この話を聞いて「『嘘をつく』ということは、人間が人間らしく生きる手段ではないのか」と、私は考えるようになった。我々男性陣より、言葉を覚えるのが早い女性陣の方が、はるかに嘘がうまいのもうなずける。

「ジャン=リュック・ゴダール (Jean-Luc Godard, )」というフランスの映画監督がいる。『勝手にしやがれ』などの作品で有名な方だ。20世紀の最も重要な映画作家の一人ともしょうされている。彼の作品に『女と男のいる舗道』というのがある。1962年の作品で、主人公のナナという女性と哲学者の会話がとても面白い。そのひとつにこんなのがある。
『嘘も思考を深めるひとつの手段だ。誤りと嘘の間に大きな差はない。もちろん日常的な嘘は別だよ。5時に来ると言って来ないのはトリックだ。微妙な嘘というのは、ほとんど誤りに近い』というものだ。確かにこのように言われると、嘘と誤りの違いを見極めるのはとても難しい。「知るのは本人ばかりなり」というところか。

 今回の作品では、【嘘と間違い】にまつわる少し切ない話しをしてみようと思う。
 実はこの物語、書いてはみたものの題が思いつかない。さて、どうしたものかと思案しながら一か月以上、何もしない日々を過ごしていた。「そろそろ題を……」と考えていた矢先、ふとこの言葉を思い出した。

【 ストレイシープ (stray sheep) 】

 聖書に出てくる言葉で、『迷える子羊』または『罪人』という意味があるそうだ。キリスト教では、人はすべて『罪人』らしいからこれに決めた。
 この言葉は、夏目漱石の小説【三四郎】の中に出てくる。美禰子が三四郎に「迷子」の英訳を知っているかと尋ねる場面だ。「迷える子(ストレイシープ)解って?」と、美禰子が三四郎に教える。
【ストレイシープ】もしかしたら漱石は、美禰子にこの一言を言わせんがために、あの長編【三四郎】を書いたのではないか? と私は思っているのだが…… この話はいつか機会があれば、書いてみようと思っている。

Facebook公開日 3/8 2021



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