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tomekantyou1
お金と向き合う時が来た
お金とちゃんと向き合ってこなかったと気づいたのはかなり最近のこと。
一応、自活はできている。22歳で社会に出てからなんとか自分を養える程度には労働して、生きてきた。
しかし、そのわりに
ちゃんと稼げた実感がどの瞬間にも見当たらない。
仕事なんかできてないのに不当に得てしまったような感覚。
必死で働いたのにぜんぜん足りないと思ってしまう感覚。
給与明細を前に純粋な喜びを得られていない私がいつも存在する。
労働の対価として報酬を得る、をちゃんと体得していない。30年以上も社会人として働いていながら生活もメンタルも安定しないのは、実は稼げた感覚を持ち合わせていないことが原因か?といったら大げさか。
「はじめてのお金」のお題目を前に、なんとも報酬をないがしろにしてきたんじゃないか?と自身を疑い始める。「はじめてのお金」は、未だ得られていないということか?
しかし、待て
どんな思いを抱えていても自分はちゃんと働いてきた。過不足当然あっただろうけど、報酬は得たし生活をしてきた。そして、こんな自分のもとにだって来てくれたお金はやはり尊かったのだ。
自分はきちんと働いてきた。だからお金は来てくれた。
その考えに至った今、どんなお金でも愛おしくなった。ポイントが貯まるだけでも今はメチャクチャ嬉しい。今は「〇〇ポイント、貯まったー!」とは言わずに「〇〇円、稼いだ!」と言い換えるようにしてみている。ただそれだけでも尊さは増す。
どういうルートでたどり着いても「稼いだ」と思うことにした。報酬をゲットしたなら「稼いだ証だ!」と強く自覚する。ことにする。
「はじめてのお金」を稼ぐ体験を今、やっと始められているのかもしれない。遅ればせながらもいいところでだが、気にしてもしょうがない。
そして稼いだならしっかりと使うんだ。
還元大事!
