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雨の日に、わざわざ外に出たくなる5つの理由──濡れる自由と、心の湿り気


晴れてる日にわざわざ傘なんてささないだろ?
昔は日傘をさすのは「かよわい…」
世間の流れは「傘の販売促進」」に有効な状況です。

もうすぐ梅雨がやってくる


小生は雨の日に文句言う資格はない。
雨の日にわざわざ外に出るってのは、まあ、ちょっとイカれてるヤツだ!
そう…雨の日がスキなのでイカれている特権を行使する。

でも、考えてみる。
雨の日に外に出るってのは、ただ濡れるだけじゃない。そこには確かな意味がある。

今回はそんなイカれた小生と
「メンタル的に別世界」に生きるまっとうな皆様へ
「雨の日にわざわざ外に出たくなる5つの理由」
ひろめ市場(高知)
ひろめたいと願っています。
傘を折りたたんで、じっとりと…。

1. 街が映画のワンシーンに変わる

雨粒でテカったアスファルト、赤いテールランプがぼやけて伸びる光。
なんだかんだ言って、雨の日の街は誰もが撮りたくなる映画のセットのようだねぇ。

雨に濡れた路地裏はただの街じゃない。
そこは『パリ、テキサス』か『ブレードランナー』の1カットなんだろう。
だれもが役者になれる日、それが雨の日かもしれない。

2. 人が減って、街が貸し切りになる

平日の昼下がりのカフェや書店は戦場だ。
よくもこれだけ日本には【暇人の在庫が出荷未済で残っていた!】
と簡単に感嘆する。

でも雨の日は違う。
客はぐっと減って、街は静かになる。
まるで街が自分だけに貸し切り状態になる瞬間だ。
人混みを避けて、街の余白を味わうチャンスがここにある。

「秋葉原なんて雨の日一択だ!」
孤独て言葉は悪い奴か?
孤独こそが創造の母体だ。

3. 目的のない外出が許される日

「何しに出かけるの?」と聞く奴はきっと晴れの日だけ外に出るやつだ。
雨の日は違う。
目的なんていらない。
傘をさして歩くだけで理由になる。
雨の匂いを嗅ぎに行くだけで正当化される。
無意味な散歩も、雨の日なら意味がある。
それが自由だ!(尾崎の真似をしたアフリカの高原の片割れではない)

4. カフェの滞在が文化的に昇華される

晴れの日にカフェで長居すると怠けてるみたいに見える。
でも雨の日は違う。
雨音が心地よいBGMとなり、読書や考え事の時間が文化的な儀式に変わる。窓の外の雨粒を眺めながら、コーヒーの香りに包まれて、まるで詩人になった気分※にひたれる。

雨がもたらすのは、そういう「言い訳」の美学だろう。

※あくまでも「詩人の気分」であって
「自分は彷徨う詩人だ!」と思ったら…心療内科を予約するか?
雨が上がっても考えが変化しないのか注意深く自分を観察しましょう!

5. 帰宅した時の温かさが2倍になる

濡れた靴下、冷たい指先。そんな不快があるからこそ…、
家に帰ったときの温かさは倍増する。
雨は家の価値をべき乗倍で爆上げする魔法のスパイスだ。
濡れて帰ることで、家が「どうしも帰りたい場所」へ昇華する。
雨は帰巣本能を呼び覚ますトリガーでもある。

結び

雨の日にわざわざ外に出るなんてバカみたいだって?
それはちょっと正解だ。
小生は「正真正銘・本家・家元・宮内庁御用達」
のバカ者なので…ぐうの音も出ない【そっとパーを出す】
でも…そんなバカみたいなことの中にこそ、
人間の心が震える理由が詰まっている。

この時期の雨はただの水分じゃない。
濡れる自由と…冬みたいに寒くないから…。
処置をちゃんとすれば体調を崩さずに済む。
そして、心の湿り気を提供するチカラだ。

今日は出遅れたかもしれないが…
次に雨が降ったら
そっと傘を持って出かけてみよう。
濡れるのも自由の証だ。


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