わたしの選択は、幸せに生きる人の選び方だった。
100日連続投稿を続けるか、やめるか。
その選び方に、幸せに生きる人のヒントがありました。
3本にわたって、連続投稿を続けるかやめるか、という迷いについて書いてきました。今日はそれをまとめて、少し引いた視点で振り返ってみたいと思います。
◆結果より、過程を大事にしていた
幸福研究では、幸せな人は「結果」よりも「プロセス」に価値を見出す傾向があると言われています。
わたしがこだわっていたのも、「100日連続投稿達成」という結果そのものではなく、「なぜこれを続けるのか」「連続投稿の中でどんな在り方でどんなことを伝えるのか」という過程(内容や姿勢そのもの)でした。
◆「結果を追うこと」を否定してるわけじゃない
もちろん、これは「結果を求めること」自体に意味がないと言いたいわけではなくて…。
「達成できない自分を変えたい」「ちゃんと成し遂げたい」
——そう思う気持ちにも、ちゃんと意味があると思うんです。
「今の自分は何を大事にしたいか」を自分自身でちゃんと考えてみること。 そこさえ自分の中で腑に落ちていれば、結果を追うことも、過程を大切にすることも、どちらも自分らしい選択になるんじゃないかなと思います。
◆わたしは、「選択の自由」をちゃんと大事にできていた
「どっちの選択でもきっといい」「誰にも迷惑をかけるわけでもない」。
これは、自己決定感につながっています。やめるも続けるも、それが自分で選んだという感覚である限り、幸福度は保たれやすいというのが研究の示すところです。
一方で、何の意味も持たない数字上の目標にとらわれたり、「もったいないから続ける」「宣言したのに達成できないのは恥ずかしい」というように他人の目を気にして続けることを選んだりした場合、それは自己決定感が低い状態になり、幸福感を損ないやすくなります。
◆わたし自身がサンクコストに気づいて、抗おうとしていた
幸せな人は、非合理的な執着(「意味がない」とわかっているのに、自分自身の感情や不安が原因で手放せなくなっている状態)に気づいた時、それを手放す柔軟性を持っていると言われます。
「もったいないから続けるのは罠かもしれない」と自分で気づき、疑った姿勢。これ自体が、幸福に生きる人の思考の型に近いものでした。
わたしってちゃんと成長している!と感じた瞬間でもありました。笑
◆「今のわたし」を軸にしていた
これは以前の記事で書いた「Being(在り方)」に軸を置いた思考です。
結果(Have)ではなく、在り方(Be)を判断基準にする人は、外部要因に左右されにくく、安定した幸福感を持ちやすいとされています。
面白いのは、この「Be」って、過去でも未来でもなく、「今この瞬間のわたし」だということ。 「100日達成できたら幸せになれる」でも「これまで頑張ってきたから続けなきゃ」でもなく、「今のわたしがどうありたいか」。 続けるか迷うたびに立ち返っていたのは、いつも、この「今」という一点だったんだと思います。
◆最後に
振り返ってみると、連続投稿を続けるかやめるか、という一見小さな迷いの中に、「執着に気づく」「自己決定感を保つ」「結果か過程か、自分にとって何が大事かを選び取る」という、幸福研究で語られる要素が詰まっていました。
100日連続投稿という数字の意味は、実はここにあったのかもしれません。数字そのものより、その数字と向き合う中で、自分がどう選んでいるかに、意味があったんだと思います。
これからも、迷ったときは「もったいないから」ではなく、「今のわたしがどうありたいか」で選んでいきたい。
もったいないから、じゃない。
届けたいメッセージが、わたしの中にまだあるから。
だから今日もまた一つ、連続投稿というチャレンジをわたしは自分で選び直します。
こうして振り返ると、5つの気づきに共通していたのは、「正解」や「完成形」を先に決めるのではなく、その都度、今の自分にとって意味があるかを確かめながら選んでいた、ということかもしれません。
そういえば、以前「完璧主義を緩める」という話を書いたのですが、まさにこの連続投稿自体が、その実践の場になっていた気がします。
完璧な記事を目指すより、今日も一つ完成させる。 その積み重ねの中で自分がどう感じるか。そんなことに気づかせてくれたチャレンジのひとつでした。
連続投稿、深い気づきを本当に、ありがとう。
