徒然なるままに・・・015_20220510
リーダーの素質
小さい頃、リーダーにあこがれた。
小学校のとき、学級委員に選ばれた。先生はなぜ私を選んだんだろう?勉強ができたから?大人っぽかったから?あの頃の担任の先生に尋ねてみたい。
生徒会にも立候補した。自分で希望したのか、先生に言われたからなのか覚えていない。その時代は、男子が生徒会長で女子が生徒副会長だった。女子は生徒会長にはなれない時代だった。制度的になれなかったのか、慣習的にそんなものだったのかは分からない。
曲がりなりにもポスターを制作し、校門や廊下で選挙運動をし、全校生徒の前で演説まで行った(今思い出せばゾッとする)。
中学校のとき、また学級委員になった。これは完全に先生からの指名だった。男女一人ずつ。担任の先生からの信頼はとても厚いものだった。その信頼は言葉と態度でしっかり伝わってきた。それに応えるべく真面目に頑張ろうと思った。学級委員は前期と後期があり、普通は前期と後期は違う人になるが、なぜか私は前期も後期もやってしまった。2年生になった時、「1年生の時、2回もしたんだから、またやったらいいんじゃないか」と言われ、クラスメイトからの推薦で学級委員になった。後期、同じ理由でまた学級委員。こうなれば、ということで3年生も、結局6回学級委員をやった。
3年生のとき、学年で一番悪と言われた男子と同じクラスになった。ちょっと緊張した。怖かった。「おい、学級委員」と声をかけられた。ひるまず対応した。マイペースに交わした。途中「ヒトラー」だの「しきり」だの皮肉なあだ名もついた。(最終的にこの不良の男子とは一生の友となった・・・)
高校入学直後、調子にのって「このクラス、私が仕切らせていただきます!」と豪語し、リーダーシップを発揮しようと思ったが、中学のときみたいにクラス運営というほどのことがなく、教室でいつも大声で明るく(勉強せずに)楽しんでいる女子で終わった。1年に一回、秋の文化祭のときだけは中心で頑張った(だって皆勉強で忙しく文化祭どころではなかったんだもの)。
そうやって10代をクラスの中心人物として生きてきた私は「リーダーシップがとれる人間」だと勘違いしてしまった。今となっては、どうやって学級委員として振る舞ったのかよく覚えていないし、自分をリーダーと思ってやっていたのかどうかも分からない。担任の先生が子どもの私の振る舞いをどう思っていたかよくわからないし、周囲の友だちもどう思っていたか。。。
20代、就職してからは、リーダーへの憧れはなくなった。むしろグループで代表に選ばれることの怖いこと、怖いこと。公平にじゃんけんで負けた日には絶望。目立つことも嫌だが(とはいえ、今でもやたら目立つが)、責任をとることが怖くなってしまった。リーダー=責任、と分かってしまったからだと思う。
私にはリーダーの素質はないと思う。10代の私、ごめんなさい。あなた、完全に勘違いしてます。人を率いることの重責、グループをまとめる調整力、個々を大事にする寛大さ、全体を見通す広い視野、グループとして対面する他者への対応力、何一つ持ち得ていないです。それなのに、誰かがトップに立ち、そのグループに属すとき、「私なら」とすぐにリーダーを批判したがる、その癖やめましょう。リーダーシップをとる覚悟もないのに、常に責任をとることへ恐怖を感じる小心者のくせに。
時には人の先頭に立ちおらおらと物事を進めたくなり、時には人の輪の中にひっそりと佇みとにかく目立たぬように静観している自分がいる。どっちやねんっ!優柔不断?二重人格?情緒不安定?いまだに自分がどういうキャラなのか、よーわからん。まぁ、結局それが「私」ということか。
