フェミニストは男嫌いのブスだと思っているあなたへ

いや、ほんとそうです、すいません。認めます。
しかし、ここで思考を止めてはいけません。 なぜ彼女たちは、あそこまで執拗に男を憎むのか? その根源にあるのは、思想の高潔さなどではなく、もっとドロドロとした「女としての敗北」です。

男に選ばれたい」という逃れられない性(さが)

どれほど綺麗事を並べても、生物としての女には逃れられない「性(さが)」があります。それは、「オスから求められたい」「選ばれる存在でありたい」という根源的な渇望です。

これは生存本能に刻まれたプログラムであり、理性で消せるものではありません。男からの視線、アプローチ、そして愛されること。それがあって初めて、女は自分の存在価値を無意識レベルで肯定できるのです。

しかし、現実は残酷です。 彼女たちには、それがなかった。 青春時代も、そして大人になってからも、男たちからの熱っぽい視線は自分以外の「可愛い女」にばかり注がれる。自分は風景の一部でしかない。

この「誰からも性的に求められない」という事実は、女の精神にとって死に等しいほどの猛毒となります。

脳を守るための「緊急回避」システム

「私は男から相手にされない、魅力のない女だ」 ——この現実を直視することは、あまりにも辛く、惨めで、プライドがズタズタになります。まともな神経では耐えられません。

そこで、彼女たちの脳は、崩壊を防ぐためにある「認知のすり替え」を行います。過度なストレスから心を守るための、歪んだ防衛機制です。

論理の変換はこうです。

  • 現実(受容不可): 「私はモテない。悔しい。あの子みたいにチヤホヤされたい」 ↓

  • 脳内変換(すり替え): 「違う! 私がモテないんじゃない。男たちが性的搾取をするケダモノだから、私はあえて拒絶しているのだ

こう思い込むことで、初めて彼女たちは救われるのです。「選ばれない惨めな私」から、「高潔な意志を持って男を拒む私」へと、自身の立ち位置を無理やり逆転させるわけです。

イソップ童話の「酸っぱい葡萄」そのもの。

キツネは木になっている葡萄(男からの愛)が欲しくてたまらなかった。でも、どうしても手が届かない。だからキツネは去り際にこう吐き捨てるのです。「あの葡萄は酸っぱくて不味いに決まっている」と。

フェミニストたちが叫ぶ「男は敵だ」「オスは危険だ」というシュプレヒコール。あれは、どうしても手に入らなかった葡萄を「不味いもの」と定義することで、欲しかった自分を殺そうとしている儀式に他なりません。

彼女たちの攻撃的な言動の裏にあるのは、崇高な正義感ではありません。 あるのは、「モテなくて悔しい」という血の涙が出るような怨嗟と、それを認めたくないがために肥大化した「男が悪い」という責任転嫁です。

そう考えると、あのヒステリックな叫びも少し違って聞こえませんか? あれは議論ではありません。 「私を見てほしかった」「愛されたかった」という、叶わなかった願いの成れの果てなのですから。

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